「清濁併せ呑む」を「良い面悪い面両方ある人」と捉えるのは誤り

「清濁併せ呑む」を間違った解釈で使用するケースが目立ちます。 特に多いのが「良い面悪い面両方ある人」という意味合いで使うケースです。 「清濁併せ呑む」は、本人自体が「良い面悪い面両方を持っている」のではなく、その人物またはそのものが、「良いもの、悪いものに関係なく全てを受け入れる」ことを意味します。 本人またはそのものが「善と悪の両方を持っている」わけではなく、「善悪両方を受け入れる」寛容で懐の深い人物という意味になります。

「清濁併せ呑む」の例文

それでは、「清濁併せ吞む」の例文をご案内します。 ・彼は非常に器が大きく「清濁併せ呑むことができる人」で、リーダーに向いている。 ・彼は大らかで「清濁併せ吞む」ことができる人物である。 ・彼は「清濁併せ吞む」ところがあるが、もう少し注意を払うことも必要だ。 最後の例文はネガティブに用いているケースです。むやみやたらに受容してしまうことが必ずしも良い結果をうむとは限りません。

「清濁併せ呑む」人になるにはどうすれば良い?

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それでは「清濁併せ呑む」人になるにはどうすれば良いでしょうか。 「清濁併せ呑む」とは「度量が大きく、善悪どちらも受け入れられる」人物のことです。 人には誰しも長所・短所があり、長所だけの人物は存在しません。 それを理解した上で、人と付き合うことができる人物こそが「清濁併せ呑む」人だと思われます。

「清濁併せ呑む」の類義語と対義語

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それでは、次に「清濁併せ呑む」の類義語と対義語を見ていきましょう。 類義語は若干ニュアンスが異なる場合がありますので使う際には注意が必要です。