沖縄返還されたのはいつ?全容をわかりやすく解説!密約が存在した?

経済

2019年9月17日

沖縄といえば何を思い浮かべるでしょうか。きれいな海とともにアメリカ軍基地を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。今回ビジキャリでは「沖縄返還」を取り上げます。沖縄には返還後も多くの課題が残されたままです。沖縄返還に至る事情や返還の経緯、返還後の課題などに切り込みます。

1分でわかる沖縄返還

沖縄は1972年日本に返還され、はれて日本の42番目の県になりました。 太平洋戦争後日本はアメリカに占領されアメリカの統治下に置かれました。1951年の「サンフランシスコ平和条約」で日本は再び独立を果たしますが、沖縄だけがアメリカの統治を受け続けました。それが解消されたのが1972年だったのです。

沖縄返還

  • 1972年に日本に返還され43番目の県に
  • 日米間で結ばれた密約も話題になった
  • 基地問題や産業振興問題など未だ多くの課題

1972年にアメリカから日本へ沖縄が返還された

1972年に日本とアメリカとの間で交わされた協定の正式名称は「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」です。 東西冷戦が過熱する中で、アメリカの沖縄に対する位置づけは当時のソビエトや中国などの社会主義諸国に対抗する軍事基地として認識されるようになっていました。 沖縄の返還はアメリカ軍基地を県内に維持したままの「核抜き・本土並み」の方針のもとに行われましたが、非核三原則の拡大解釈や日本国内への核兵器の一時的な持ち込みなどに関する秘密協定があったとされています。

返還されるまでの沖縄

なぜ沖縄だけがアメリカの占領下に置かれたままだったのでしょうか。それでも1972年というタイミングで日本に返還されたのはどのような経緯があったのでしょうか。 そこにはアメリカ側の事情とともに、沖縄県民の悲願ともいえる強い要望がありました。

戦後アメリカの支配下に

沖縄は日本の中では太平洋戦争で唯一戦場となった地域です。 戦後のサンフランシスコ講和条約において日本はアメリカの占領から脱して施政権を回復しましたが、沖縄だけは一定の自治を認められつつも最終的な意思決定権はアメリカが握ったままにされました。 1950年に勃発した朝鮮戦争や1960年のベトナム戦争が起こる中で、沖縄はアメリカにとって軍事上特別な存在感を持ちつつあったのです。

アメリカは軍事基地などを建設

アメリカ施政権のもとに沖縄各地の土地は強制接収され、力ずくで軍事関係の基地や関連施設の建設がを進められました。 アメリカの沖縄に対する位置づけは当時のソビエトや中国などの社会主義諸国に対抗する軍事基地であるとともに、フィリピンやタイの基地と並ぶベトナム戦争の爆撃機拠点、後方支援基地として重要性を増していったのです。 一方政治的にはベトナム戦争終結を公約に掲げ大統領選挙に当選した当時のニクソン大統領はベトナム戦争の終結を考え、当時の佐藤首相に安保延長と引き換えに沖縄返還を約束しました。

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