KDD事件の概要

「KDD事件」とは1979年に起きた汚職事件であり、密輸事件でもあります。この事件は政界に大きな影響をもたらしただけではなく、世論をもざわつかせました。 一体どのような事件で、何が起こったのかを詳しくご紹介していきます。汚職と密輸の裏側を暴いていきます。

国際電信電話株式会社(KDD)

「KDD」とは、正式名称を「国際電信電話株式会社」といい現在の「KDDI」のことを指します。「KDD」は1953年に日本電信電話公社から分離独立しました。 「KDDI」と聞くと、馴染みがある人も多いでしょう。「KDD」は、その「KDDI」の前身となる会社だったのです。「KDD」はこのように長い歴史を持つ会社でした。

KDD事件の経緯

「KDD事件」が実際にどのような経緯をたどったのか、ここでは「KDD事件」の経緯を説明していきます。 「KDD事件」の経緯を改めて確認することで理解を深めていきましょう。どういった事件であったかという全体像をより深く知ることができるようになります。

1979年10月2日にKDD社員2名が成田空港で摘発

「KDD事件」では、1979年10月2日にKDDの社員2名が成田空港において摘発されました。この2名はモスクワを訪問していた板野学社長に同行しており、成田空港にはロンドン経由で到着していました。 この2名を税関で取り調べると、持ち物の中から数千万円の高級なネックスレスやブローチなどが発見され、密輸がおこなわれていたことが判明しました。その後の調べで、この密輸が何度も繰り返されていた組織ぐるみのものであったこともわかりました。