3名の死者を出した

当時の日本ではヒグマの生態、被害についてはほとんど周知されていませんでした。福岡大学ワンダーフォーゲル同好会の5名も例外ではなく、対処を誤ったせいで死傷者を出してしまいました。 結果3名がヒグマに殺害されました。この他、付近に北海学園大学や鳥取大学、中央鉄道学園のグループも滞在していましたが、難を逃れています。 このうち北海道学園大学グループは事件の2日前にヒグマと遭遇し、下山する最中でした。特徴が一致するので同一のヒグマだったと考えられています。

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件の経緯

登山家

登山家(画像:pixaboy

福岡大学ワンダーフォーゲル同好会の5名は1970年7月12日に福岡を出発し、14日午後に芽室岳から日高山脈の南下を始めました。 彼らは25日にヒグマと接触します。一旦は追い払うことに成功したものの、それがかえってヒグマに執着される原因となり、26日から27日の2日間で3名の犠牲者が出ました。

7月14日入山

同好会5名は1970年7月12日に福岡の博多駅から出発し、14日午後に北海道の新得町に到着しました。地元の派出所に登山計画書などを提出した後、午後には日高山脈の北にある芽室岳へ入りました。 芽室岳からは南下してペテガリ岳を目指す予定で、日高山脈のおよそ半分を制覇するという意欲的な計画でした。 福岡大学ワンダーフォーゲル部は日頃から険しい日高山脈に憧れていて、実際に挑戦するのが夢だったようです。

25日にヒグマに接触した

25日の午後3時半ごろ、同好会5名はカムイエクウチカウシ山の九ノ沢カールにテントを設営しました。 その約1時間後、テント付近にヒグマが現れます。5名は物珍しさからヒグマを観察していましたが、外に放置していた荷物が漁られたため、火や騒音で追い払いました。 1度目の接触では被害もなく、時間にして30分ほどの出来事でした。しかしヒグマは同日夜半に再来し、今度はテントに穴を開けるなど実害を与えていきました。