東住吉事件とは両親が冤罪で有罪となった事件。事件の概要や賠償金など解説【おかしい】

経済

2019年10月11日

東住吉事件では両親が有罪となり、最初の裁判では無期懲役の判決が下されました。しかし、再審後には無罪判決が出て、冤罪だったとされています。東住吉事件とは一体どんな事件だったのでしょうか。今回ビズキャリオンラインでは、謎の多い東住吉事件について、時系列ごとに詳しく解説していきます。

1分でわかる東住吉事件

1分でわかる東住吉事件

  • 1995年7月に大阪市東住吉区で起きた民家の火災により女児が死亡
  • 1995年9月に女児の母親と内縁の夫が逮捕され、無期懲役となる
  • 2016年8月に行われた再審で無罪判決が出て、即日確定する

2016年8月10日、また一つ冤罪事件が明らかとなりました。それが「東住吉事件」です。1995年7月に起こった住宅火災で当時小学校6年生だった女児が焼死し、2カ月後に逮捕された母親と内縁の夫には無期懲役の判決が下されていました。 今回は「東住吉事件」の概要や釈放後の賠償請求などについて、解説します。

東住吉事件の概要

「東住吉事件」が起こったのは、1995年7月22日のことでした。大阪市東住吉区の民家で、16時50分過ぎに火災が起こりました。そのために民家が全焼し、当時小学校6年生だった女児が死亡しています。 そして同年9月10日の夜、女児の母親と内縁の夫が「放火」「殺人」「保険金の詐取未遂」の容疑で逮捕されました。ここでは「東住吉事件」の概要について、詳述します。

青木惠子と内縁の夫である朴龍晧の家のガレージで起きた火事

「東住吉事件」が起こったのは、大阪市東住吉区の青木惠子さん宅でした。住宅にはシャッターのある、土間兼車庫が付いていました。 その住宅に組み込まれていたシャッター付きのガレージで、1995年7月22日16時50分過ぎに火災が発生したのです。まだ明るさが残る時間帯でしたが火の勢いが強く、あっという間に住宅は炎に包まれました。

ガレージから出火し浴槽にまで燃えうつり長女が死亡した

青木惠子さんの自宅は、全焼してしまいました。そして消防署による現場検証で、当時小学校6年生の長女の遺体が発見されたのです。 亡くなった長女はガレージに隣接したお風呂で入浴しており、死因は焼死でした。ガレージから出火した火があっという間に浴槽に燃え移り、逃げ遅れてしまったのだろうと予想されました。死亡した長女は、青木さんの連れ子でした。

青木惠子と朴龍晧と長男は脱出に成功した

ガレージでの火災の発生が16時50分過ぎだったため、青木さんはすぐに異変に気が付きます。そのため当時8歳の長男を連れて、すぐに屋外に避難しました。 また青木さんの内縁の夫である朴龍晧さんも、自力で脱出しています。しかしそこには、長女の姿はありませんでした。

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