連続殺人事件の犯人である大久保清を徹底解説!事件の経緯やその後を深掘ります。

経済

2019年9月8日

昭和の事件で大久保清による連続殺人事件がありました。若い女性ばかりを狙った非常に卑劣な事件です。今回ビジキャリはこの「大久保清連続殺人事件」にスポットをあてます。大久保の生い立ちや連続殺人事件に至る経緯に加えて、裁判の模様や映画化の状況などにも迫ります。

大久保清は連続殺人事件の犯人で死刑判決を受けた人物

大久保清という人物をご存じでしょうか。たった2ヶ月ほどで路上で声をかけた8人の女性を次々に殺害してしまった、恐ろしい人物です。連続殺人犯として逮捕された彼は、その後裁判で死刑判決を受けました。 なぜ彼はそのような恐ろしい犯罪行為を犯してしまったのでしょうか。事件の概要を詳しく見ていきましょう。

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大久保清の生い立ちと経歴

短期間に路上で声をかけた8人もの女性を殺害するというおぞましい犯罪を犯した大久保清とは、どのような人物だったのでしょう。事件を起こす前に誰も彼の異常性に気づくことはできなかったのでしょうか。 大久保清という人物を作り上げたであろう生い立ちから、事件を起こすまでの詳しい経歴を辿ってみましょう。

大久保清の生い立ちと家族

大久保は3男4女の7人兄弟でした。しかし長兄は幼くして亡くなり、次兄はあまり両親とは合わず、その分大久保が両親に溺愛されて育ちました。 しかし父親は性に関してオープンな性格であり、子供の前でも特に隠す必要はないと思っていたようです。また、母親にはロシア人の血が入っていたため、大久保は子供のころいじめを受けていたといいます。 さらに小学6年のころには幼女を畑に連れ込みいたずらをしたこともありました。

大久保清の複数の強姦事件

大久保が初めに強姦事件を起こしたのは、1955年のことです。大学生に成りすまし17歳の少女を強姦しました。逮捕されましたが初犯であったため1年6か月の懲役で済んでいます。しかし同年12月またもや強姦事件を起こしました。 初犯に続いて間を置かずの事件であったため大久保は少年刑務所に送られました。 その後模範囚として早めに出所しましたが、今度は20歳の女性を無理に連れ込み強姦未遂を起こしています。この時は未遂だったこともあり、示談となりました。

谷川伊凡という名前で詩集を出していた

偽名を使ったり強姦事件を起こしたりした大久保は、やがて結婚して子供も生まれいったん落ち着きを見せます。 谷川伊凡というペンネームを使い詩集を自費で出したのもこのころです。もともと勉強ができる方ではなかった大久保でしたが本を読むことは好んでいたようで、読むだけに終わらず自らも筆を執り本まで作っていました。 またこの時期は妻親族の援助を得て牛乳屋を開き、熱心に働いていたようです。

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