吉里弘太郎は練炭自殺をする

このプチエンジェル事件で最も不可解と言われるのが、犯人の吉里弘太朗の自殺です。吉里弘太朗は椅子に座ったままの状態で周りにビニールテントを張り、目張りをして空気が漏れないようにしています。 そのうえで、足元に練炭と七輪を2つ置いて火を付けています。死因は急性一酸化中毒だと警察は発表しました。 しかし、この自殺については不可解な部分がいくつかあります。その一つは、締め切ったビニールテントの中はかなりの高温になるのに、吉里弘太朗に火傷の跡が全く見られなかったことでした。

デートクラブ『プチエンジェル』

(画像:Unsplash

事件は少女たち全員の保護と犯人の自殺ということで、一旦は解決した事件ですが、デートクラブ『プチエンジェル』についての謎は残ったままでした。 『プチエンジェル』は無店舗型であるため、その実態を掴むことは困難です。では、この非合法なデートクラブを誰が運営し、どんな人物が利用していたのでしょうか。

吉里弘太郎が運営していた非合法の未成年デートクラブ

事件の本丸ともいえるデートクラブ『プチエンジェル』は、吉里弘太朗が主になって運営していた非合法の未成年デートクラブでした。 クラブは会員制で、年会費が60万円、未成年との性行為で5万円が相場だったと言われています。経営者の吉里弘太朗の取り分は中学生・高校生で1万円、小学生が3万円だったようです。 何人の少女たちが働いていたのか、その実数はハッキリと分かっていませんが、2,000人とも言われる会員を考えると、相当数の少女たちが在籍していたと考えられます。

押収された顧客名簿に皇族や政治家の名前があったと噂された

今回の事件では、押収された名簿に誰が載っていたかも大きな関心を呼びました。警察は顧客リストを公表していません。 リストは偽名であり、捜査は難しいとして摘発に動きませんでした。 しかし、吉里弘太朗名義のアパートからは、1,000本以上のビデオテープと2,000人以上の顧客リストが押収されています。 このテープとリストを使い追っていけば、この事件に関わった人物の特定も可能なはずです。しかし、マスコミや警察も沈黙を続けたままでいます。