プチエンジェル事件とは?犯人や事件の真相を解説!【怖すぎ】

経済

2019年10月9日

プチエンジェル事件とは2003年に起きた幼女誘拐・監禁事件です。犯人は小学生などに売春を行わせていましたが、拉致・監禁していた幼女1人が脱走し事件は明るみとなりました。 その後、犯人の不審死などが続いた闇の多い事件を徹底的に解説していきます。

1分でわかるプチエンジェル事件

プチエンジェル事件の深すぎる闇の正体

  • 少女たちの誘拐・監禁と犯人吉里弘太朗の自殺
  • 幼女売春デートクラブ『プチエンジェル』
  • 闇のリストとジャーナリストの不審死

『プチエンジェル事件』とは、2003年7月に起きた幼女誘拐・監禁事件です。未成年の少女ばかりを専門にしたデートクラブが摘発されるという衝撃的な事件でした。 事件発覚の当初は、少女たちの監禁と犯人の吉里弘太朗の不審な自殺に注目が集まった事件でしたが、政財界人の顧客リストが見つかると、事件は急展開していきます。 ここ記事では、この不可解な事件の発端から未解決で終わった経緯について紹介します。

プチエンジェル事件の概要

犯人の吉里弘太朗は、売春目的で少女4人を誘拐・監禁します。しかし、少女の1人が脱走したことで事件が明るみになりました。 まずは事件の概要を解説します。

2003年に起きた誘拐・監禁事件

この事件は、2003年7月13日に起きた幼女誘拐・監禁事件です。犯人は渋谷を拠点に少女を勧誘して集めた少女に、デートクラブと称した売春クラブで働かせていました。 新宿や渋谷には家出少女が多くたむろしている場所であり、少女を集めるにはもってこいでした。被害者となる少女もよく渋谷あたりで遊んでいたようです。 7月の上旬のことでした。そんな少女に1人の男が声を掛けてきたのです。

犯人は吉里弘太郎

犯人の名前は吉里弘太朗いいます。幼少の頃は裕福な家庭で育ったようですが、後に進学した東京芸術大学では、複数の女性と付き合いヒモのような生活を送っていたそうです。 大学を卒業し、2年程ホストのアルバイトを経験した吉里弘太朗は、非合法な人妻デートクラブを始めます。しかし、もともとロリータ癖のあった吉里弘太朗は、自らデートクラブ『プチエンジェル』を開業し、莫大な利益を得るようになっていきます。

プチエンジェル事件の経緯

プチエンジェル事件では少女が監禁されましたがどういった経緯で吉里弘太郎と接触し監禁されたのでしょうか? ここでは事件の経緯を解説します。

1/3

続きを読む

関連記事