山岳ベース事件の主犯と被害者の死因とは?事件の全貌を解説!

経済

2019年10月12日

令和の世になり、かつて日本を震撼させた連合赤軍による一連の事件も徐々に忘れ去られようとしています。これらの事件は我々に多くの教訓を残しており、決して風化させてはいけない事件です。このため今回ビズキャリオンラインではこの一連の事件の中から「山岳ベース事件」をとりあげます。

1分でわかる山岳ベース事件

山岳ベース事件とは

  • 連合赤軍によるリンチ殺人事件
  • 山岳ベースとは連合赤軍の拠点
  • 山岳ベースでは29人中12人を殺害

「山岳ベース事件」とは、1971年~1972年の間に新左翼系過激派組織である連合赤軍によって引き起こされた、リンチ殺人事件のことです。 当時の連合赤軍は武力行使により銀行強盗などさまざまな凶悪犯罪を引き起こしていましたが、「山岳ベース事件」においては「総括」の名のもとに同志である29人のメンバーのうち12人を殺害しています。

山岳ベース事件の内容

「山岳ベース事件」では同士であったはずの連合赤軍メンバーが、いつしか森恒夫・永田洋子といった2人の絶対的な指導者のもと、凄惨なリンチ殺人事件にエスカレートしていきました。 彼らはいずれも高学歴であり、崇高な思想を持ち「革命」を掲げて山岳ベースに集まりました。なぜ、このような事件を引き起こしてしまったのかを解説します。

山岳ベース事件は左翼・連合赤軍による同志内の殺人事件

「山岳ベース事件」は左翼系過激派組織「連合赤軍」によって引き起こされますが、この組織は共産主義同盟赤軍派と日本共産党神奈川県委員会(革命左派)が統合されたものです。 1960年代の日本は日米安保闘争に代表されるように学生・労働者運動が盛んであり、共産主義者が「革命」を旗印に過激な活動を行っていました。 連合赤軍は活動を続けるうちに、自らの行動だけでなく同志に対する批判を繰り返すようになり、やがて同志内の殺人事件に発展していくのです。

山岳ベースは連合赤軍の拠点のこと

山岳ベースとは、連合赤軍が警察から逃れるために群馬県の山岳地帯に作られた複数の拠点の総称であり、個々の拠点は「地名+ベース」と呼ばれています。 1971年12月連合赤軍のメンバーは数々の犯罪を犯して指名手配となっていたため、群馬県の山岳地帯に入山し29人のメンバーで山岳ベースを拠点に活動することになりました。 しかし翌年2月までに死者12人、逮捕者8人、脱走者4人を出すことになり、残った坂口弘ら5人は「あさま山荘事件」を引き起こすことになるのです。

榛名ベースなど他の拠点もあった

山岳ベースといえば「榛名ベース」が有名ですが、そのほかにも「新倉ベース」「釈迦葉ベース」など複数のベースが存在します。 山岳ベースを最初に作ったのは、連合赤軍に統合される前の革命左派ですが、彼らは数々のテロ行為を繰り返していたため指名手配されており都市部での活動が困難になっていました。 そのため、彼らは山岳地帯にアジトを作らざるを得なくなりましたが、警察から逃れながら各地を転々としたことから複数の拠点が存在するのです。

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