事件のたびに犯行声明文が送りつけられた

「赤報隊」は犯行のたびに「犯行声明文」が送り付けてきました。その目的は敵対する者を制圧して自らが掲げる思想を広めることだと考えられます。 「犯行声明文」の内容は戦前の大日本帝国主義に心酔し、戦後日本の民主主義を完全否定するかのような内容でした。「反日分子」「反日マスコミ」など「反日」という言葉が頻繁使われていました。 そのため、捜査当局は右翼もしくは新右翼関係者を中心に犯人像を絞り込み、捜査にあたることとなるのです。

首相への脅迫もあった

「赤報隊」のターゲットは当時の首相である竹下登首相や中曽根康弘前首相にも及び、自宅や事務所に脅迫状が送られています。 当時、中曽根・竹下元首相は靖国神社への参拝中止や教科書問題における、中国・韓国の批判への対応を迫られており、両国の要求を飲まざるを得ない状況でした。 そのため、中曽根前首相には「国民を裏切った」、竹下首相には「靖国神社への参拝を強く求める」といった内容の脅迫状を送り付けたのです。

赤報隊事件は未解決のまま時効を迎えた

一連の「赤報隊事件」では、脅迫状や散弾銃、ピース缶爆弾など多くの物証のほか目撃者も多くいました。 さらに、脅迫状の内容などから犯人は右翼もしくは新右翼であることが想定され、最終的には10人程度に容疑者が絞り込まれました。しかし、特定するには至らなかったのです。 その結果、2003年には未解決のまま全ての「赤報隊事件」が公訴時効を迎えています。これに対して法制審議会では、社会に大きな影響を及ぼした事件に時効を適用するのはおかしいといった論議もなされています。

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赤報隊事件の犯人と動機

(画像:Unsplash

「赤報隊事件」の犯人像については、犯行声明文の内容などから右翼もしくはその周辺にいる人物だというのが定説となっています。しかし、矛盾点も多く右翼だと決めつけるのはリスクが大き過ぎます。 そのため、多くの専門家などが「赤報隊事件」の犯人像について分析しています。続いてはさまざまな犯人説や動機について解説します。