1分でわかる赤報隊事件

赤報隊事件とは

  • 犯人は「赤報隊」を自称
  • 朝日新聞や総理大臣が狙われたテロ事件
  • 2003年に7件全ての事件が公訴時効

「赤報隊事件」とは「赤報隊」を名乗る犯人が朝日新聞や内閣総理大臣などをターゲットに1987年から連続で発生させた7件のテロ事件であり、社会に大きな影響を与えました。 「朝日新聞阪神支局襲撃事件」では犠牲者が出ていますが、警察当局の必死の捜査にも関わらず2003年に全て公訴時効を迎え真相は闇の中に葬られたのです。

赤報隊事件の概要

「赤報隊事件」は1987年1月に朝日新聞東京本社に散弾銃が撃ち込まれたのを皮切りに、1990年5月に名古屋にある愛知韓国人会館が放火されるまで7件の犯罪が引き起こされました。 「赤報隊」を名乗る犯人グループは2003年に公訴時効を迎えたためその正体は不明です。より事件の本質に迫るため「赤報隊事件」の概要について解説します。

「赤報隊」を名乗る犯人が起こした

1987年1月~1990年5月までに発生した7件のテロ事件はいずれも「赤報隊」を名乗る犯人が引き起こしました。 「赤報隊」とは、江戸時代末期に討幕を目的と組織された官軍先鋒隊です。しかし、新政府からは偽官軍として壊滅に追い込まれており「官軍に見捨てられた悲劇の主人公」として語られています。 犯人は「赤報隊」を名乗ることで、自らの思想を正当化し、敵対するものを制圧するといった強い意志があったことは間違いありません。

朝日新聞への襲撃

事件当初「赤報隊」は朝日新聞に敵対心を剥き出しにしており、「赤報隊事件」7件中4件までが朝日新聞をターゲットとしたものでした。 とりわけ、1987年5月に発生した「朝日新聞阪神支局襲撃事件」においては、当直をしていた記者3人が散弾銃で襲われて1人が死亡、1人が重傷を負う大惨事となったのです。 また、この事件がマスコミに大きく取り上げられたことで「赤報隊」の名は全国に知れ渡るようになり、さまざまな評論家たちがその犯人像や思想的背景について議論するようになります。