三島由紀夫・森田必勝が割腹自殺、その後残り3名が逮捕

総監に詫びた三島由紀夫は、日本が米軍の支配下になって弱体化していくことを憂いていること、そしてこままでは日本の未来は危ういということを訴えました。 さらに、日本が主権を回復し、真に自立するためには、国軍を持つべきであり現行の憲法は改正すべきと主張しました。話しを終えた三島由紀夫は、上着を脱ぎ、古賀浩靖が持っていた短刀を受け取ると、腹に刺して自害しました。 介錯は森田必勝が務め、自身も腹を刺して自害を果たしました。その他のメンバーは応接室に押し入ってきた警官に現行犯逮捕されました。

三島事件が与えた影響

三島由紀夫という天才が起こした事件は多くの作家や文化人に衝撃を与えました。事件の舞台となった市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地では自殺現場に花を手向ける自衛官もいたといいます。海外も含めて三島事件はどのような影響をもたらしたのでしょうか。

自衛官の多くが三島由紀夫に共感

三島事件の翌日には総監室の前に花が手向けられるなど、三島由紀夫の行動に共感する自衛官も少なくありませんでした。 東京及び近郊の自衛隊向けにおこなったアンケートでは、三島由紀夫の檄文の考えに共鳴したという回答が多数得られました。しかし三島由紀夫と対談した経験がある防衛大学校長 猪木正道は「檄文は公共の秩序を破壊するクーデターの思想でしかない」と批判しました。 その後陸上自衛隊富士学校滝ケ原駐屯地第2中隊隊舎前には三島由紀夫の追悼碑が建立され、碑には三島由紀夫の句が刻まれています。

文豪の声

作家・文化人らは三島由紀夫の死を知ると、その希有な才能が失われたことを惜しみました。 文芸評論家の小林秀雄は「三島事件は単なる右翼思想による行動ではなく、彼の精神とは関係ない。」とし、「抽象的事件として心にとどめ、直知できないものには理解するのは難しいだろう。」と論じました。 司馬遼太郎は模倣犯が出ることを危惧し、「三島事件は文学的なものとしてとどめ、決して美化してはならない。」と三島由紀夫の檄に共感する自衛官に釘をさしました。