「呉越同舟」の意味は「利害が一致すれば仲のよくないもの同士でも協力すること」

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「呉越同舟」の意味は、「利害が一致すれば仲のよくないもの同士でも協力すること」です。 例えば、倒産寸前の企業で働く仲の悪い2人が、業績UPのために手を組んで働くことになる、など、仲たがいしていては結局は互いの不利益になる場合に、共通の目的のために一丸となって協働することを言います。

「呉越同舟」の由来

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「呉越同舟」は、中国の古典に由来する故事成語です。 現代に生きる私たちの心をつかむ、鋭く人間の本質をとらえた故事成語。それらは、2千年以上前の中国の古典から数多く生まれています。 ここでは「呉越同舟」の由来を原文の書き下し文にまでさかのぼって詳しく解説します。言葉の由来を知れば、その言葉の持つ、本当の意味、イメージが把握できます。

「呉越同舟」は『孫子』に記されていた

「呉越同舟」は、中国の古典『孫子』に由来しています。 『孫子』は、紀元前500年ごろの中国春秋時代に孫武によって書かれた兵法書です。 『孫子』の著者である孫武は、ある人の質問に答える形で、強い軍を率いるための基本的な考えを語りました。 一言で言えば、軍に一定の危機感、緊張感を持たせて、互いに助け合おうとする姿勢を維持させるということです。 それは、呉と越の人たちの以下の逸話をもとにしたものでした。 時は、中国古代の春秋時代。互いに覇権を争う、呉と越という国は、つねにいがみ合っていました。 あるとき、国境の川の渡しで呉人と越人が同じ舟に乗ることとなり、舟上は不穏な空気となりました。 しかし、突然天候が変わり、強風が舟を襲った。すると呉・越の人たちが強風の中で協力して働き、危機を脱することができました。 孫武は、この逸話をもとに、軍を上手にまとめる摂理を語りました。

「呉越同舟」の書き下し文

「呉越同舟」は、『孫子』の中では、次のように書かれています。 孫武は、上手に軍隊を扱える人物を卒然(そつぜん)という蛇に例えて説明しました。 卒然という蛇は、首を攻めると尾が助けに来て、尾を攻めると首が助けに来るというのです。これに対して、ある人が「軍隊を卒然のように動かすことができるのでしょうか?」とたずねました。 そこで孫武は以下のように答えます。 曰く、「可なり。夫れ呉人と越人とは相悪むや、其の舟を同じくして済るに当たりて風に遇はば、其の相救うや左右の手のごとし」と。 (『孫子』岩波文庫参照) いわく、かなり。それごひととえつひととはあいにくむや、そのふねをおなじくしてわたるにあたりてかぜにあわば、そのあいすくうやさゆうのてのごとし、と。 「できる。そもそも呉人と越人はお互いに憎み合っているが、同じ船に乗り合わせた時に大風が吹いてきたら、そのお互いに助け合う様子は、左右の手のようなものであろう」と。 「呉越同舟」は、この文章から抜き出した熟語です。