茨城女子大学生殺人事件はフィリピン人の犯人による強姦殺人事件。事件の概要など解説します。

経済

2019年10月6日

茨城女子大学生殺人事件ではフィリピン人のランパノ・ジェリコ・モリによって女子大生が強姦され、犯人には無期懲役が下りました。近年は外国人犯罪が増え、似たケースも少なくありません。今回ビズキャリオンラインでは、茨城女子大学生殺人事件の全貌と犯人 、その後について詳しく説明します。

1分でわかる茨城女子大学生殺人事件

1分でわかる茨城女子大学生殺人事件

  • 2004年1月に茨木大学の女子学生の遺体が発見される
  • 2007年に被害者両親が懸賞金200万円をかける
  • 2017年9月と2019年1月にフィリピン国籍の男2名を逮捕

「茨城女子大学生殺人事件」の発生は、2004年1月31日のことです。茨城県を流れる清明川の河口付近で、女性の遺体が見つかりました。その女性は、茨城大学に通う学生でした。 「茨城女子大学生殺人事件」は捜査が難航し、1人目の犯人逮捕は2017年まで待たなければならなかったのです。今回は「茨城女子大学生殺人事件」について解説します。

茨城女子大学生殺人事件の概要

2004年1月31日の9時頃、茨城県の美浦村舟子地内で女性の遺体が発見されました。それが「茨城女子大学生殺人事件」の被害者です。 被害者である女子学生は、自宅から6㎞も離れた清明川の河口付近で見つかっています。ここでは「茨城女子大学生殺人事件」の概要について、詳述します。

女子大生が外出してから行方不明に

事件が起こる前日にあたる2004年1月30日の21時過ぎ、後に被害者となる女子学生は恋人である男子学生と共に茨城県稲敷郡阿見町のアパートに帰宅しました。 そして翌31日の0時過ぎに、男子学生宛に「友人に会いに行く。明日の朝には戻る」というメモを残して外出します。 女子学生は裸眼が0.1程度だったにも関わらず、眼鏡もコンタクトもつけていませんでした。さらに財布や携帯電話も、自宅に置いたままだったのです。

翌朝遺体で発見された

男子学生が女子学生の不在に気づいたのは、2004年1月31日の午前中のことでした。朝になったにも関わらず、女子学生は自宅に戻っていなかったのです。 実は同日9時の時点で、女子学生は遺体となって発見されていました。遺体の首には複数の切り傷があり、胸には心臓に達するほどの刺し傷も残っていました。 しかしその後の司法解剖により、死因は頸部を圧迫したことよる窒息死だったことがわかっています。

犯人特定が難航した

事件発生からほどなくして、茨城県警による捜査が始まります。2004年2月4日に茨城県土浦町の空き地で、女子学生のものと見られる自転車も発見されました。自転車には鍵がついたままで、スタンドを立てた状態で置かれていたといいます。 しかし被害者女性の足取りはその後つかめず、犯人の特定は難航しました。恋人だった男子学生にも疑いの目が向けられましたが、犯人でないことが証明されています。

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