虎ノ門事件の概要

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虎ノ門事件は1923年12月27日10時40分に、虎ノ門交差点で起こりました。体調不良だった大正天皇に代わり、皇太子である裕仁親王が摂政として出席する議会に向かっていた道中です。 警戒線を突破した犯人が皇太子の御召自動車に向かって、ステッキに仕込んであった散弾銃を発砲します。銃弾は窓ガラスを破りましたが、裕仁親王に当たることはありませんでした。 しかし御召自動車に同乗していた、東宮侍従長である入江為守氏はケガを負っています。

犯人・難波大助

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虎ノ門事件の犯人は現場で、周囲にいた警官と群衆によって取り押さえられています。それが、難波大助(なんばだいすけ)でした。 山口県周防村(現在の光市)で生まれた難波大助は、犯行当時に衆議院議員を務めていた難波作之進を父に持ちます。難波大助も中学時代までは天皇や皇室に敬意を払っていましたが、卒業後に上京してから社会主義や無政府主義に傾倒し始めました。 やがて共産主義者となり、反逆的な社会運動家として虎ノ門事件を起こしました。

虎ノ門事件の背景

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難波大助が虎ノ門事件を引き起こした背景には、当時の社会状況が深く関わっています。虎ノ門事件が起こる約4ヶ月前には関東大震災があり、社会が不安定になったことによって無政府主義者や共産主義者への弾圧が激しくなっていました。 ここでは虎ノ門事件の背景について、詳述します。