遡行の悪かった2人が犯人として疑われた

警察は農協強盗事件とこの事件は同一犯とみて捜査をしました。 そんな中で容疑者として上がったのが遡行が悪く、地元の住民から「財田の鬼」と呼ばれていた不良グループでした。 警察は不良グループの2人による犯行の疑いがあると判断して闇米ブローカー殺害・強盗の事件の容疑者として逮捕しました。

1人はアリバイが成立し釈放され谷口繁義が犯人とされた

殺害と現金強奪の強盗殺人事件の容疑者として逮捕されたのが2人組でした。2人組の1人が当時19歳だった谷口繁義(たにぐち しげよし)でした。谷口には事件に関わっていないというアリバイはありませんでした。 谷口容疑者とともに犯行の疑いがあることで逮捕されたもう1人は、事件の当日に殺害現場に行っていないことが証明されて釈放されました。 殺害現場に行っていないことを証明することが出来なっか谷口容疑者は厳しい取調べを受けることになりました。

厳しい取り調べと拷問が行われ、自白を強要された

警察の取り調べで事件現場に行っていないことを証明することができなかった谷口容疑者は、頑固に事件への関与を否定したため 厳しい取り調べを受けることになりました。 厳しい取り調べは約2ヶ月に及びます。手には手錠をかけ、足にはロープを巻いた状態で正座させられ、自由を奪って肉体的や精神的にプレッシャーを与えながら事件への自白を迫る拷問が行われました。 拷問の取り調べによって、自白した谷口容疑者は1950年8月23日に起訴になりました。

財田川事件の裁判と判決

(画像:Unsplash

起訴となった谷口容疑者にはどのような裁判が行われたのでしょうか。高松地方裁判所・高松高等裁判所・最高裁判所が下した判決の内容はどのようなものだったのでしょうか。 そして、冤罪に至る確証となったことなど「財田川事件」の裁判と判決について解説します。