1分でわかる河野洋平

河野洋平氏とは

  • 新保守政党である「新自由クラブ」を結成
  • 衆議院議長を長く務め一時代を築く
  • 従軍慰安婦問題に関する「河野談話」が有名

「河野洋平(こうのようへい)」氏は、自民党を離党して日本で初めての新保守政党である「新自由クラブ」を結成した政治家です。復党後は自民党総裁を経て長期間にわたり衆議院議長を務めるなど政界に一時代を築きました。 その一方で河野氏が残した従軍慰安婦問題に関する「河野談話」は日韓関係をこじらせる一因となっており、現在も日本政府はその対応に苦慮しているのです。

河野洋平の生い立ちと経歴

「河野洋平」氏は衆議院議長を長く務めるなど政界に大きな功績を残した一方で、韓国との慰安婦問題における「河野談話」は、自民党内外から大きな批判を受けています。 また、自民党総裁に就任しながら総理大臣になれなかったなど、その政治家人生は波乱万丈に満ちたものでした。そこで、河野氏を考察するにあたってその生い立ちと経歴について解説します。

早稲田大学を卒業後丸紅に入社

「河野洋平」氏は1937年神奈川県平塚市で、衆議院議員として要職を務めた河野一郎氏の次男として生まれます。そして、父と同じく早稲田大学政治経済学部に進みました。 早稲田大学卒業後は「丸紅飯田」(後の「丸紅」)に入社し、大阪支社では財務局及び食糧部、東京支社では佐藤食料品部といった会社の中枢を担う部署に配置されています。 またこの時期に丸紅及び伊藤忠の創業家の当主である伊藤恭介氏の娘と結婚しており、後に政界に進出する太郎氏と日本端子代表取締役社長となる二郎氏が生まれました。

河野洋平の息子は防衛大臣の河野太郎

「河野洋平」氏の長男・太郎氏も1996年に行われた衆議院議員選挙に立候補し、初当選を果たしました。安倍内閣では2017年から第145〜146代外務大臣、2019年には防衛大臣に就任しています。 安倍総理とは対立関係にある河野氏の子息が入閣することに違和感を感じる向きもありますが、それだけ太郎氏の実力が認められているのです。 また太郎氏は父親とは異なった政治観を持ち合わせており、父親が成し遂げられなかった総理総裁になれる可能性を秘めた政治家だといえるでしょう。