光クラブ事件の概要

「光クラブ事件」は、当時世間を騒がせた闇金事業事件です。この事件が騒がれた理由のひとつとして、首謀者が大学生であったということが挙げられます。 ここでは、この事件がどのようなものであったのか、また犯人は誰であるのかについて紹介します。

1948年に起きた東大生による闇金事業

「光クラブ事件」は、1948年に東大生が主犯となっておこなわれたものです。 この事件では、東大生が闇金事業を起こし、多くの中小企業に貸付をおこなっていました。高額な利子での貸付により、「光クラブ」は闇金となってしまったのです。 「光クラブ」が要求する利子はほぼ3割という法外なものであり、中小企業などにとってはとても返済が追い付くものではありませんでした。

社長は山崎晃嗣

「光クラブ」の社長は山崎晃嗣(やまざきあきつぐ)です。 山崎晃嗣は東大生で、他にも日本医科大生の友人が専務として「光クラブ」の設立に関わっていました。中野の鍋屋横丁に居を構え、「光クラブ」の経営がなされていました。 他にも専務に東大生、監査に中大生が関与していました。それをとりまとめていたのが、社長である山崎晃嗣でした。彼はのちに30人もの社員を抱えることとなります。そのリーダーシップには、目を見張るものがあると言えます。

光クラブ事件の経緯

では、「光クラブ事件」はどのようにおこなわれたのでしょうか。 「光クラブ」が設立されてから、その終わりまでを順に追っていきましょう。「光クラブ」がどのようなものであったのか、そして逮捕されるに至った経緯について詳しく紹介していきます。