1分でわかる戸塚ヨットスクール事件

戸塚ヨットスクール事件とは

  • スクールでの暴行によって複数の訓練生が死亡した事件
  • 戸塚宏校長やコーチらは逮捕・有罪判決
  • 戸塚宏校長は出所後も校長に復帰し、以前と同様な体罰による更生を実施

戸塚ヨットスクールとは

(画像:Unsplash

戸塚ヨットスクール事件は現在においても体罰と教育の境について様々な議論を呼び起こす契機となっています。まずはこの暴行事件を起こした戸塚ヨットスクールとは何だったのか、またこの暴行を正当化した人物やその思想は何だったのか見てみましょう。

元は通常のヨットスクールだった

戸塚ヨットスクールはもともとヨットの航海技術を教える一般的なヨットスクールでした。 戸塚ヨットスクールは1976年戸塚宏(とつかひろし)によって愛知県美浜町に開校されました。 戸塚宏は名古屋大学ヨット部の主将として活動をおこなっており、1975年には「太平洋-沖縄・単独横断レース」で堀江謙一氏らを破って優勝しています。

素行に問題のある訓練生が更生したことをきっかけに問題児の更生施設となった

戸塚ヨットスクールは開校後暫くして、スクールのプログラムが不登校の子供の状況を改善したり、素行に問題のある子供の更生に効果がある旨マスコミで取り上げられるようになりました。 これを受け戸塚宏校長は戸塚ヨットスクールの活動方針を一変させ、スクールを通常のヨットスクールから子供の不登校や引きこもりなどの生活指導を重点的に実施する、いわゆる更生施設へシフトさせました。 子供の扱いに困った親から戸塚ヨットスクールに預けられる生徒が増加し、当時戸塚宏校長は教育界のカリスマとしてマスコミでも持ち上げられました。