小松製作所とは関係のない人物の自宅が襲撃された

「朝鮮戦争勃発二周年記念前夜祭」では過激な演説が繰り広げられていましたが、ここで小松製作所を爆破したことが報告されています。 さらに、枚方市内に居住する「売国奴」と称される人々が実名で指摘され、小松製作所の関係者と間違われた人物の自宅を襲撃することが決議されました。 集会終了後、共産主義者らは小松製作所とは関係のない「小松」姓の人物宅にが大挙押しかけ火炎瓶を投げ込み、家屋や車庫、乗用車の一部に被害を与えます。

枚方事件での逮捕者と判決

(画像:Unsplash

「枚方事件」は小松製作所に払い下げられた工場の爆破、小松製作所とは関係のない人物の自宅の襲撃といった2つの武力闘争にそれぞれ参加した、共産主義者や学生ら98人が検挙されました。 この2つの武力闘争によっては日本共産党は党員や在日韓国人など多くの逮捕者を出してしまいますが、裁判ではどのような判決に至ったのか説明します。

98名が逮捕された

「枚方事件」では小松製作所の爆破と工場関係者と誤って「小松」姓の民家を襲撃したニ段階の武力行使が強行され、総勢98名が検挙されました。 第一段階においては4名の実行犯が逮捕されていますが、そのうち3人が在日朝鮮人であったことが非常に特徴的です。 第二段階は「朝鮮戦争勃発二周年記念前夜祭」の参加者が中心となって、前夜祭終了後(25日未明)に民家を襲撃していますが、一部学生は直前に火炎瓶攻撃に意義を唱えていたものの強行されました。

そのほとんどに有罪判決が下された

警察に検挙された98人のうち65人が起訴されましたが、その容疑は「発物取締罰則違反」「放火未遂」「公務執行妨害」で6人を除いて有罪判決となりました。 事件当時の逮捕者の年齢は10代が5人、20代が56人、30代が3人、40代が1人であり、圧倒的に20代までの若者が多いことがわかります。 なお、この裁判は最高裁まで争われたため長期化し、結審は事件発生から15年後の1967年11月になり主犯格の7人は一審どおり3年~5年の実刑判決が下されました。