枚方事件は共産主義者等に小松製作所が襲撃された事件。事件の概要や吹田事件との関係まで解説します。

経済

2019年10月7日

枚方事件は、日本の建機メーカーの小松製作所が共産主義者に攻撃された事件で、逮捕者は98名にものぼりました。小松製作所は爆破され、甚大な被害を受けた事件です。今回ビズキャリオンラインではこの枚方事件の概要とその後、吹田事件との関係まで解説します。

1分でわかる枚方事件

枚方事件とは

  • 1952年に発生した公安事件
  • 事件を主導したのは日本共産党
  • 小松製作所の工場及び民家を襲撃

「枚方事件」とは、戦後間もない1952年に砲弾の製造に反対する日本共産党員や在日朝鮮人らが、小松製作所に払い下げられた工場及び工場関係者と間違えて「小松」姓の民家を襲撃した公安事件です。 この事件によって実行犯を含む98人の共産主義者らが検挙され、放火などの容疑で起訴された65人のうち6人を除いて有罪判決が下されました。

枚方事件の概要

1952年に発生した「枚方事件」は砲弾を製造していた小松製作所だけでなく、「小松」姓の民家が誤って襲撃された公安事件であり逮捕者は98人にものぼりました。 事件を主導したのは「朝鮮戦争勃発二周年記念前夜祭」を主催した日本共産党員や北朝鮮系在日朝鮮人ですが、なぜこのような公安事件が起きたのでしょうか。「枚方事件」の概要について紹介します。

小松製作所で兵器の製造が開始された事に共産主義者や学生などが反対

戦後間もない日本は朝鮮戦争による特需で好景気に沸いていましたが、祖国が戦火に包まれていた北朝鮮系在日朝鮮人は日本共産党員らとともに激しい反戦活動を展開しています。 襲撃された小松製作所の工場は、連合国軍最高司令官総司令部の管轄下にあった旧陸軍工廠枚方製造所であり、アメリカ軍に収める砲弾の製造を開始したところでした。 これに対して共産主義者や学生、北朝鮮系在日朝鮮は激しく反発しており、小松製作所は格好のターゲットにされたのです。

小松製作所を爆破させた

1952年6月24日大阪府枚方市ひらかたパーク裏の高塚山では「朝鮮戦争勃発二周年記念前夜祭」が開催されており、約100人の共産主義者や学生、北朝鮮系在日朝鮮人が集まっていました。 実行犯4人は同日未明に小松作業所の第四搾出工場に侵入し、水圧ポンプにダイナマイトを仕掛け爆破します。 しかし、そのほとんどが不発であったため直後に警察は出動しておらず、翌日に小松製作所関係者が不発となったダイナマイトを見つけたことで事件が発覚しました。

小松製作所とは関係のない人物の自宅が襲撃された

「朝鮮戦争勃発二周年記念前夜祭」では過激な演説が繰り広げられていましたが、ここで小松製作所を爆破したことが報告されています。 さらに、枚方市内に居住する「売国奴」と称される人々が実名で指摘され、小松製作所の関係者と間違われた人物の自宅を襲撃することが決議されました。 集会終了後、共産主義者らは小松製作所とは関係のない「小松」姓の人物宅にが大挙押しかけ火炎瓶を投げ込み、家屋や車庫、乗用車の一部に被害を与えます。

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