昭和電工事件の概要と経緯を解説!内閣総辞職に至った贈収賄事件の全貌とは?

経済

2019年5月29日

今回ビジキャリでは、戦後日本の政財界を揺るがせた「昭和電工事件」を取り上げます。当時実質的に日本を統治していたGHQもからんだ重大事件でした。事件の経緯をはじめ、関係者を個人別に解説するとともに、昭和電工の他の不祥事についても掘り下げますので参考にしてください。

昭和電工事件の概要

「昭和電工事件」は戦後の混乱期に起こった一大贈収賄事件です。日本の政財界・官界や当時日本を実質的に統治していたGHQをも巻き込んだ事件で、昭電事件(しょうでんじけん)、昭電汚職(しょうでんおしょく)、昭電疑獄(しょうでんぎごく)とも呼ばれています。 まずはどのような事件であったのか、その概要を確認しましょう。

政界を巻き込んだ贈収賄事件

当時大手化学メーカーだった昭和電工の日野原節三(ひのはらせつぞう)社長は、復興金融公庫からの融資を得るために政府高官や金融機関幹部に対して贈賄工作を仕掛けます。 収賄側として当時日本の民主化を進めていたGHQ民政局に所属する高官の名前も取り沙汰され、裏にはGHQ内で民政局のライバルであった別の部局の暗躍があったとされています。 捜査はGHQからの圧力や米国のマスコミもからみ紆余曲折し、結果的に多くの政治家や金融界幹部の逮捕に至りましたが、裁判では大半の政治家は無罪になりました。

事件が起きたのは戦後の1948年

「昭和電工事件」は戦後間もない1948年に発覚しました。最高裁の判決が1962年ですから足かけ14年にわたって我が国の政財界を揺るがせた大事件になりました。 1947年太平洋戦争による復興資金の供給を目的に、政府全額出資による特殊法人として復興金融公庫が設立されました。復興金融公庫は日本銀行引き受けの復興金融債の発行により巨額の資金を調達し、これを傾斜生産方式による考え方のもと特定の企業に集中的に資金を供給しました。 昭和電工の日野原社長はこの資金に目を付けたのです。

昭和電工株式会社

「昭和電工事件」の当事者である昭和電工株式会社(以下、昭和電工)はどのような会社なのでしょうか。後々様々な事件に関わっていく昭和電工ですが、現在も多くの子会社や関連会社を持つ一大化学メーカーグループです。 「昭和電工事件」を知るうえで、昭和電工の会社概要や主な事業について理解しておきましょう。

昭和電工株式会社の概要

昭和電工の前身は日本電気工業と昭和肥料です。1939年に両者が合併し、二つの会社の字を併せて昭和電工と称しました。因みに昭和肥料は味の素傘下の企業でした。 本社は東京ですが、大坂、名古屋、福岡に支店があります。大坂、川崎などに13の事業所を持ち、千葉など3カ所に研究拠点も持っています。 2018年12月31日現在で、資本金は140,564百万円、グループ全体の従業員数は10,476人です。

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