ライブドア事件をライブドアショックと合わせてわかりやすく真相を解説します。

経済

2019年10月28日

堀江貴文氏が代表取締をつとめていたライブドアは、当時ものすごい勢いで成長していました。その成長を止めるだけでなく、堀江氏に実刑判決が下ることになったのがライブドア事件です。今回ビズキャリonlineではライブドア事件をライブドアショックとともに解説します。

1分でわかるライブドア事件

ライブドア事件

  • 2006年1月16日に東京地検がライブドアを強制捜査
  • 翌17日から株価が大暴落する「ライブドアショック」が起こる
  • 同月23日にはライブドアの取締役が証券取引法違反で逮捕される

「ライブドア事件」は2006年に起こった粉飾決算事件です。それまで起こった企業の経済事件と比べると粉飾額が少なかったにも関わらず、取締役が複数逮捕され実刑判決が下される事態となりました。また「ライブドアショック」により、投資家にも大きな影響が出ています。 今回は投資に興味がある人には特に知っておいてほしい、「ライブドア事件」について解説します。

ライブドア事件の背景

「ライブドア事件」が起こったのは2006年1月ですが、東京地検特捜部の捜査は前年の2005年から始まっていました。2005年にライブドアがニッポン放送に対して行っていた敵対的買収が決着した頃から、東京地検に様々な情報が寄せられるようになったのです。 ここでは「ライブドア事件」の背景に何があったのかについて、説明します。

社内からの内部告発などが増加

ライブドアのニッポン放送買収問題が終結した2005年4月以降、企業関係者やマスコミの一部が東京地検特捜部に対し様々な情報が寄せられるようになったことは前述しました。 そして秋を迎える頃には退職を迫られて納得がいかない元幹部が告発を検討したり、在職中の幹部が外部と不穏なメールをやりとりするという動きが加速したのです。 こうした社員からの内部告発が増加したことで、東京地検は捜査を本格化させていきました。

政財界はライブドアの存在を恐れていた

ライブドアの当時の代表取締役社長は、堀江貴文氏でした。2000年4月に東証マザーズにオン・ザ・エッジを上場させた堀江氏は、2002年にライブドアを買収します。 ライブドアにファイナンス部門を設けて業績を伸ばす一方で、近鉄バッファローズやニッポン放送の買収により知名度を上げます。そして株式分割を活用して時価総額を増やしていきます。 堀江氏のそうした手法を、政財界は恐れていたのです。

ライブドア事件の概要

「ライブドア事件」は2006年1月16日に、六本木ヒルズ内の本社並びに代表取締役だった堀江貴文氏の自宅・事務所の強制捜査が行われたことから始まりました。証券取引法違反の容疑での捜査です。 ここでは同月23日に逮捕者が出た「ライブドア事件」の概要について、詳述します。

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