1928年に山東省済南で起きた日本軍と国民革命党の武力衝突事件

済南事件は1928年の中国山東省済南で勃発しました。当時、済南に進出していた日本陸軍と蒋介石をリーダーとする国民革命軍が真っ向から対立した武力衝突事件です。 事の発端について双方ともに見解が異なり、現在もその乖離は解消されていません。また、日本の教科書にも採用されていた当時の写真が別の事件のものであったなど多くの謎を残しています。

民間人・居留人・軍人の犠牲者が発生

当時の中国には多くの日本人が居住していました。済南事件勃発後、中国側の報復に遭ったことによる民間人・居留人・軍人の犠牲者は26人、負傷者は157人です。中国側の犠牲者は諸説あるものの約3600人、負傷者は1400人と見込まれます。 数の上では中国側の犠牲者が多いのは一目瞭然ですが日本人犠牲者のうち9人は惨殺されており、人数よりも重要視する歴史学者も少なくありません。