第十雄洋丸事件の概要を解説!特殊救難隊ができるきっかけとなった事件!

経済

2019年9月27日

第十雄洋丸事件を知っていますか。船どうしの衝突事故で、33名の死者を出す結果となりました。その結果、「海猿」で有名な特殊救難隊が創設されることになります。今回ビジキャリでは第十雄洋丸事件について、その全貌とその後の経過を詳しく解説していきます。

1分でわかる第十雄洋丸事件

第十雄洋丸事件

  • 第十雄洋丸とパシフィック・アレスが正面衝突
  • 約20日間にもおよんだ船舶、海上火災
  • 第十雄洋丸事件の反省が活かされた現在の海上安全

1974年に起こった「第十雄洋丸」と「パシフィック・アレス」が正面衝突した海難事件です。衝突で33名が死亡し、タンカーから漏れた燃料は海上火災に繋がりました。消火は難航し、「第十雄洋丸」は約20日後に海上自衛隊に沈没処分されました。 後に海の安全体制が見直され、特殊救難隊が設立する契機にもなった事件です。

第十雄洋丸事件の概要

湾

1974年11月9日に東京湾で起きたタンカーの衝突炎上事故です。 事故当時は海上保安庁の消防船や、東京消防庁や横浜の消防局、民間の作業船も出動しましたが、炎上被害は拡大する一方でした。最終的に海上自衛隊も出動する事態となり、消化作業が終わったのは衝突事故が起きてから約20日が経過した11月28日のことでした。

第十雄洋丸とパシフィック・アレスが衝突した

事故で衝突した船は日本のLPGタンカー「第十雄洋丸」とリベリアの貨物船「パシフィック・アレス」です。中ノ瀬航路から京浜港(川崎港)へ向かっていた「第十雄洋丸」が、木更津港を出て同じ航路へ入ろうとした「パシフィック・アレス」と正面衝突しました。 これは「第十雄洋丸」は海上交通安全法、「パシフィック・アレス」は海上衝突予防法に照らし合わせ、どちらも自分の側に優先の原則が適用されると考えて起こった事故でした。

二船は炎上し第十雄洋丸は爆発も起こした

直前まで回避行動を取らなかった2隻は、「パシフィック・アレス」が「第十雄洋丸」の船首右側に突っ込む形で衝突しました。 衝突のショックで「第十雄洋丸」の船首付近には穴が開き、積載していたナフサ(原油の一種)が漏れて、そこへ衝突時に発生した火花が引火し爆発し、炎上してしまいます。炎は衝突した「パシフィック・アレス」にも燃え広がりました。 さらに「第十雄洋丸」から海に漏出したナフサにも火がつき、周辺の海上は文字通りの火の海と化したのです。

33名の死者を出す形に

衝突事故後、「第十雄洋丸」の船長は延焼と積載燃料の爆発を予測し、総員滞船命令を出しました。船員のほとんどが救命艇や海へ飛び込んだことで脱出でき、乗組員38人中33人が救助され、5人が死亡しました。 一方「パシフィック・アレス」は船体が炎に巻かれ、脱出も救助も不可能となって乗組員29人中28人が死亡しました。助かったのは機関室のビルジウェル(水や油が溜まる船底のスペース)で難を逃れた機関士1人だけでした。 事故の死者は合計で33名となりました。

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