テキ屋とは

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テキ屋という呼び名は古くから「的屋(まとや)」「香具師(やし)」「神農(しんのう)」などと呼ばれ、「当たれば儲かる」ことから「的矢」になぞらえて呼ばれるようになったといわれます。 誰もが耳にしたことのある「テキ屋」とは一体どのような職業なのか、歴史や暴力団との関係についても詳しく見ていきます。

お祭りや縁日で屋台を出店し飲食物等の販売を行う人々

テキ屋とは地域のお祭りや縁日、寺社の参道などで露天販売をする人々のことを指します。たこ焼きや焼きそばなどの食品や射的、くじ引き、金魚すくいと様々な種類でお祭りの非日常感を盛り上げます。 テキ屋は江戸時代から昭和初期に勢いがあり、寺社の修繕や拡張費用を捻出するために縁日に招待され、大勢が集まる場所で商売ができる代わりに場所代として売上金の一部を寺社に渡す仕組みから始まりました。 しかし第二次世界大戦後には、祭や縁日が減るのと同時にテキ屋の勢いもなくなっていきます。

元締めが暴力団関係者であることが多い

戦後の混乱期には暴力団のテキ屋が多数あり、今でも元締めが暴力団関係者であることが多いと考えられます。 平成元年の警察白書によると、戦後の資金獲得のために縁日で露天商だったテキ屋や繁華街で違法行為を繰り返していた愚連隊が闇市で物資の販売や覚せい剤の密売を行い、勢力を拡大させたとあります。 その後昭和30年代には包括して「暴力団」と呼ばれることが社会的にも定着しました。縄張り内でのトラブルを自ら解決するために暴力を組織的に行使したり、闇市の利権をめぐって対立抗争が繰り返されるようになった背景があります。