アニータ事件(青森県住宅供給公社巨額横領事件)の全貌!千田郁司の手口とは?

経済

2019年6月7日

かつてマスコミを騒がせた巨額横領事件に「アニータ事件」があります。チリ人女性の「アニータ・アルバラード」の言動や行動が非難を浴びました。今回ビジキャリでは、この「アニータ事件」を取り上げます。事件の細かな経緯や逮捕された犯人のその後にも触れていきます。

アニータ事件(青森県住宅供給公社巨額横領事件)の概要

通称「アニータ事件」の正式名称は「青森県住宅供給公社巨額横領事件」です。事件発覚当時である2001年には連日マスコミで報道されましたね。 どのような事件だったのか、また被害額はどれ位だったのか、「アニータ事件」の概要を見てみましょう。

青森県住宅供給公社の元経理担当である千田郁司が横領した事件

この事件の構図は極めてシンプルです。「青森県住宅供給公社」に勤めていた「千田郁司(ちだゆうじ)」が公社の公金を横領し、チリ人女性に貢いだのです。 千田は公社の経理担当でした。何と15億円近くを横領したのです。一経理担当がこれだけ巨額のお金を横領できたこと自体が信じられませんが、横領したお金の大半がチリ人女性に貢がれ、チリ人女性はその資金でチリにプール付きの豪邸を建てたのですからマスコミが放っておくはずがありません。 チリ人女性の名前が「アニータ・アルバラード」であったことから、この事件が「アニータ事件」と呼ばれるようになりました。

横領額が約14億5900万円にのぼる

横領は1993年から2001年にかけて行われました。横領額は14億5,900万円です。これだけの金額の横領が約8年間にわたって続けられたのは、公社の管理がずさんだったことはいうまでもありませんが、横領の手口が巧妙だったこともあるようです。 千田は青森のパブで知り合った「アニータ・アルバラード」と1997年に結婚しますが、横領額はこれを期に巨額化していきました。アニータに渡った金額は11億円とされています。 横領は1993年2月から始まりましたが、公訴時効のため起訴された横領額は1994年10月以降の14億4,600万円でした。

事件の関係者

「アニータ事件」の主要な登場人物は当然「千田郁司」と「アニータ・アルバラード」です。 ここで二人の人物像を探ります。どのような経緯で事件に関係していったのか、また事件後どのような人生を生きたのかも含めて二人にスポットライトをあててみましょう。

千田郁司

「千田郁司」は逮捕当時44歳でした。「青森県住宅供給公社」の経理担当として仕事はキチンとしていたようです。ただその豪遊ぶりは度を過ぎており、高級クラブで一晩に数十万円を使うことも珍しくなかったとのことです。 一介の公社職員がそのよう遊興資金を出せるわけがなく、徐々に公社の資金を横領していくことになりました。アニータに貢いだのもその延長線だったのでしょう。 2002年千田は青森地裁において懲役14年の実刑判決を受け、刑に服しました。2016年に出所後「公益社団法人日本駆け込み寺」の経理を担当していたようですが、現在は行方をくらませています。

アニータ・アルバラード

「アニータ・アルバラード」の本名は「アニータ・エステル・アルバラート・ムニョス」です。1972年12月25日生まれで、国籍はチリです。 アニータは19歳の時いわゆる出稼ぎで日本にやってきます。青森のパブで働いていた29歳の時に千田と出会います。二人は交際を深めその後結婚します。 アニータは千田に様々な名目で金銭をねだり、8億円とされる豪邸をチリに建てたりします。アニータ黒幕説がかなり取り沙汰されましたが、明確な証拠はなかったため法的な追求を受けることはなく、現在もチリでタレントや事業家として生活しています。

アニータ事件(青森県住宅供給公社巨額横領事件)の経緯・手口

事件はどのようにして起こり、何が切っ掛けで発覚したのでしょうか。また事件の結果はどうなったのでしょうか。少し繰り返しになる部分もありますが、ここで「アニータ事件」の経緯を詳しく見ていきましょう。 一般人の常識では考えられないお金が動き、そして消えていきました。

1993年2月から2001年まで横領が行われた

「アニータ事件」で千田による横領が行われたのは1993年2月から2001年年までです。横領されたお金は元を正せば我々の税金です。それが個人的な遊興資金に消えていったのですから到底許されるものではありません。 千田は一度に15億円近い金額を横領したのではなく、8年間にわたって少しずつ着服していったのです。何と横領回数は165回でした。 一度味を占めると止められなくなるというのはよく聞く話ですが、正に千田は徐々に金銭感覚や国民の税金を横領しているという意識が麻痺していったのです。

2001年の仙台国税局税務調査にて発覚

2001年10月仙台国税局による税務調査が「青森県住宅供給公社」に入ります。 千田は東京に逃亡しますが、逃亡先でも高級ホテルに宿泊し高級クラブで豪遊していたようです。そこでも気に入ったホステスに高級時計や貴金属を贈っていたとのことで、誠に開いた口が塞がりません。 逃亡後間もない同年12月千田はあえなく御用となり裁判にかけられます。アニータの共犯を証明するものはなく、彼女が逮捕されることはありませんでした。

横領したお金は妻のアニータに

「アニータ事件」で横領された15億円近いお金のうち11億円がアニータに流れたとされています。 アニータは貢がれたお金でチリにレストランや病院を開業し、プール付きの豪邸にも8億円近いお金が使われたとされています。 法的に訴追されることもなくアニータは今でもチリでタレント活動のほかに事業家として様々な事業に携わっています。債権回収にチリにやってきた日本人のせいでかえって有名になり、活動範囲が広がったようです。

2002年青森地裁より実刑判決

刑事事件としては、2002年青森地裁は千田に対して実刑14年の判決を言い渡し刑が確定しました。 千田は服役し2016年に満期出所します。 一方「青森県住宅供給公社」は千田に対して民事訴訟を起こしました。判決では1993年2月以降の横領額全額の賠償を命じましたが、裁判費用や弁護士費用がかさみ、公社が最終的に回収できたのは5,300万円程だとされています。

青森県住宅供給公社

1958年「青森県住宅供給公社」は「財団法人青森県住宅協会」として発足しました。 1966年には「青森県住宅供給公社」に組織変更して、分譲住宅事業や宅地分譲事業等を行ってきましたが、民間の不動産事業や住宅ローン制度が充実したことによって公社の存在意義が薄れ、2009年3月31日をもって解散しました。 「アニータ事件」では公社のずさんな経理の管理体制が問題視され、抗議と苦情が相次ぎました。公社は資金の回収に全力を投入しますが、前述のように結果的に回収できた資金はわずかなものに止まりました。

まとめ

通称「アニータ事件」について、その経緯や登場人物について解説しました。 単なる公金横領事件ではなく、チリ人女性「アニータ・アルバラード」の言動や振る舞いが注目を集めた事件でした。マスコミ的な面白さに目を奪われるのではなく、この事件によって組織ガバナンスの重要性を改めて認識したいものです。


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