プレイタウンにいた人々は火災に気づくのが遅れた

「千日デパート火災」が発生した1972年5月13日は土曜日で、7階にあった「プレイタウン」というキャバレーは営業中でした。昭和の時代は土曜出勤が当たり前で、翌日が休みということもあり店は賑わっていました。 理由は後述しますがこの時プレイタウンの従業員に対し、火災が発生した事実が連絡されることはありませんでした。そのためプレイタウンにいた従業員やお客は火災に気づくのが遅れてしまったのです。

客やホステスなどがパニック状態に陥り一酸化炭素中毒などで倒れていった

事務所にいたプレイランドの支配人は火災発生後の22時39分になってようやく火災発生を認識しました。 そのころには客の中にも火災だと直感し、避難しようとした人もいたようです。しかし階段やエレベーターにはすでに煙が充満しており、逃げられる状況ではありませんでした。 一酸化炭素や有毒ガスを吸い込んだ客やホステスたちは、次々と倒れていったのです。

建物から飛び降りる人が続出した

1972年5月13日22時49分火災の影響により店内が停電しました。その時に避難者が殺到したのがステージ脇にあった窓です。プレイタウンが防火対策として救助袋を設置していたからです。 しかし救助袋は点検ミスのため使えない状況でした。そして避難者は煙と熱さに追い立てられていたのです。 煙と熱さと恐怖から逃れたい一心で1人が建物から飛び降りました。その高さから飛び降りても助かる確率は低いはずなのに冷静さを失った人がそれを真似し、飛び降りる人が続出したのです。

千日デパート火災では群集心理が働いた

「千日デパート火災」の発生に気づいたプレイタウンの従業員や客はエレベーターでの脱出を試みます。 しかしエレベーターには煙が充満していたため使用できず、従業員による避難誘導もほぼなかったためパニックが発生しました。 パニックによって異常な心理状態にあった人たちに群集心理が働いたのは、ある意味仕方がないことといえるでしょう。7階からは多くの人が飛び降りました。