千日デパート火災は死者118名を出した大規模な火災事故。事件の概要や原因や判決などを解説します。

経済

2019年10月8日

未だ世界中でビル火災による被害が止むことはありませんが、日本では「千日デパート火災」という大惨事がありました。今回ビズキャリオンラインではこの「千日デパート火災」をとりあげます。人災ともいえる火災発生の原因や被害が拡大していった経緯にも迫ります。

1分でわかる千日デパート火災

1分でわかる千日デパート火災

  • 日本におけるビル火災史上で最も忌まわしい大惨事
  • デパート閉店後に行われた電気設備工事現場で火災が発生
  • 7階で営業中だったキャバレーへ通報せず被害が拡大

日本では過去に何度か大きなビル火災が発生しています。中でも史上最悪の大惨事といわれているのが「千日デパート火災」です。その被害は死者118名、負傷者81名と甚大なものでした。 千日デパートは閉店していたにも関わらず、多くの犠牲者が出る事態となってしまいました。今回は「千日デパート火災」はどんな事故で何が原因だったのか、裁判の行方などについて解説します。

千日デパート火災の概要

「千日デパート火災」が発生したのは1972年5月13日22時27分頃とされています。その日デパート内では電気工事が行われており、それが火災の原因を生んでいます。 ここでは「千日デパート火災」が発生した経緯と、多数の被害者を出したプレイタウンの様子について詳述します。

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火災が起きたのは夜で営業していたのはプレイタウンのみだった

千日デパートは、地下1階・地上7階・屋上棟屋3階建ての鉄骨鉄筋コンクリート造りのビルでした。デパートという名称ながら、実情は雑居ビルとして営業していました。 各階のフロアを細かく区切って貸し出していたため1~5階には食料品店や雑貨屋が、6階にはゲームセンターが入っていたのです。 そして「千日デパート火災」が起こった時、ビル内で営業していたのは7階に入居していたプレイタウンだけでした。

デパートの工事現場である3階から出火

「千日デパート火災」が発生したのは1972年5月13日の22時27分頃とされています。3階の北東側にあったニチイ先日前店の布団売り場から出火しました。 その日は3階の婦人服入り場で電気工事が行われており、現場監督と2名の作業員が火災発生に気づいたのです。現場監督はすぐに火災報知機を押し、1階にあった保安室まで駆け下ります。 連絡を受けた保安係は消火器を持って現場に行ったものの、火の勢いが増しており手に負えない状況でした。保安係は即座に係長に報告し、119番通報されました。

プレイタウンにいた人々は火災に気づくのが遅れた

「千日デパート火災」が発生した1972年5月13日は土曜日で、7階にあった「プレイタウン」というキャバレーは営業中でした。昭和の時代は土曜出勤が当たり前で、翌日が休みということもあり店は賑わっていました。 理由は後述しますがこの時プレイタウンの従業員に対し、火災が発生した事実が連絡されることはありませんでした。そのためプレイタウンにいた従業員やお客は火災に気づくのが遅れてしまったのです。

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