「壇ノ浦で殺される」五十嵐一氏の死の予感

五十嵐一氏は事件前に意味深なメモを残していました。「壇ノ浦で殺される」および「階段の裏で殺される」という内容です。 壇ノ浦とは山口県下関市にある入江で、平安時代の日本を支配した平家が1185年の合戦で源氏に滅ぼされた場所として知られます。 五十嵐一氏は普段からアイデアをメモに書き留める習慣があったため「壇ノ浦で殺される」との言葉が事件に関するものか不明ですが、「五十嵐一氏は死を予感していた」と話題になりました。

悪魔の詩を翻訳したことによる五十嵐一氏への非難

五十嵐一氏はイランの公的研究機関に在職したイスラム学者で、「悪魔の詩」は預言者ムハンマドが主人公の小説です。イスラム教ではムハンマドを普通の人間として扱うことはタブーでした。五十嵐一氏に寄せられた避難はどのようなものだったのでしょうか。

悪魔の詩はイスラム教を否定する内容の書物

五十嵐一氏が日本語訳を担当した小説「悪魔の詩」はなぜイスラム教徒にタブー視されたのでしょうか。その理由は預言者ムハンマドを俗人扱いされたことです。 「悪魔の詩」には主人公ムハンマドが地獄に堕とされる場面があります。12人の売春婦にムハンマドの妻の名前が付けられたことも特徴的です。 さらに作中のムハンマドはコーランの「星の章」を読んだ後に多神教を認めており、アラーを唯一神とするイスラム教徒が容認できるものではありません。

イスラム教徒からの非難が殺到

五十嵐一氏を含む「悪魔の詩」の訳者や原著者のサルマンラシュディ氏にはイスラム社会からの非難が殺到し、イギリスの警察がサルマンラシュディ氏を24時間態勢で警備したほどです。 1990年2月に五十嵐一氏が「悪魔の詩」の出版記者会見を開いた時にも、会場にいたパキスタン人が抗議を行っています。 五十嵐一氏の自宅と勤務先の筑波大学にも脅迫を含む抗議の電話と手紙が殺到しましたが、日本の警察と五十嵐一氏は事態を深刻に捉えず静観しました。