2台のバスが飛騨川に転落し104名が死亡

「飛騨川バス転落事故」が起こったのは1968年8月8日2時11分頃でした。落石と後方での土砂崩れのため停車を余儀なくされていた、5・6・7号車に土石流が襲い掛かったのです。 土石流は高さ100m・幅30mで、ダンプカー250台分の土砂に匹敵する大規模なものでした。この土砂崩れにより5号車と6号車が飛騨川に転落したのです。 その結果104名の命が失われる事態となりました。

飛騨川バス転落事故発生の経緯

(画像:Unsplash

「飛騨川バス転落事故」が起こった原因として、当時の気象予報やツアー責任者の危機管理など様々な問題がありました。またお盆休みの週末にツアーが行われたこともあり、750名以上が参加していたことも犠牲者を増やす要因となりました。 ここでは「飛騨川バス転落事故」が発生した経緯について、詳述します。

株式会社奥様ジャーナル主催のツアー

「飛騨川バス転落事故」で事故の犠牲となった人々は株式会社奥様ジャーナル主催の「海抜3000メートル乗鞍雲上大パーティ」に参加した人々でした。北アルプスの乗鞍岳観光を行うツアーで、ファミリーや団体向けの企画でした。 乗鞍岳での御来光や北アルプスのパノラマを楽しんだり、小京都と呼ばれた飛騨高山が観光できるとあって主宰者の予想をはるかに上回る750名以上の申し込みがありました。 申し込み者全員を参加させるためバスの手配を依頼した岡崎観光自動車だけでは用意できず、同業他社4社から急遽バスを手配しツアーを行いました。

台風の影響で天候が悪かった

「海抜3000メートル乗鞍雲上大パーティ」というツアーが行われた1968年8月17日、日本海を台風7号が50km/hで北上していました。その影響により岐阜地方気象台では同日8時30分に大雨・洪水・ライフ注意報を発表していたのです。 午後になり雨脚が弱まったことから、同日17時15分に岐阜地方気象台は注意報を解除しました。しかし夜になると岐阜中部上空の大気が不安定となり積乱雲が多発します。 これを受けて気象台は同日20時には雷雨注意報を、22時30分には大雨・洪水警報を発表しました。このように「飛騨川バス転落事故」が起こった日は、台風の影響による悪天候だったのです。