飛騨川バス転落事故の全貌!現在は心霊の噂もあるバス事故を徹底解説!

経済

2019年10月25日

かつて自然災害に観光バスが巻き込まれて大きな被害者を出した「飛騨川バス転落事故」がありました。これからも起きうるこのような事故は我々にとって一つの教訓となるはずです。このため今回ビズキャリオンラインではこの「飛騨川バス転落事故」をとりあげ、事故が起こった経緯や被害の状況などについて解説します。

1分でわかる飛騨川バス転落事故

飛騨川バス転落事故

  • 1968年8月に2台のバスが土砂崩れに巻き込まれる
  • バス2台は飛騨川に転落し乗員・乗客104名が死亡
  • 1969年8月には慰霊目的で「天心白菊の塔」を建立

1968年8月18日に岐阜県鴨川郡白川町で日本最悪といわれるバス事故が起こりました。これが「飛騨川バス転落事故」です。現在の日本は雨量が一定数を超えると通行規制がかかります。「飛騨川バス転落事故」は、そのきっかけとなった事件でもあります。 今回は「飛騨川バス転落事故」が起こった経緯と概要について、解説します。

飛騨川バス転落事故の概要

「飛騨川バス転落事故」は、集中豪雨により土砂崩れが起こったことで発生した悲劇です。2台のバスが土石流に飲み込まれて飛騨川に転落し、104名の命が失われました。この事故には岐阜地方気象台が開始して以来の集中豪雨が関わっています。 ここでは「飛騨川バス転落事故」が起こった概要について、詳述します。

1968年に起きたバス事故

「飛騨川バス転落事故」は1968年8月18日に、土砂災害によって起こりました。乗鞍山に向かって走行していた観光バス2台が集中豪雨による土砂崩れに巻き込まれたのです。 その日は株式会社奥様ジャーナル主催・名鉄観光サービス協賛で「海抜3000メートル乗鞍雲上大パーティ」というツアーを敢行していました。名古屋を中心に750名が集まり15台のバスに分乗していましたが、そのうち2台が事故にあったのです。

深夜バスの事故はこちら

事件現場は岐阜県加茂郡白川町

「海抜3000メートル乗鞍雲上大パーティ」のスケジュールは当初国道41号を北進して、美濃太田・高山・平湯を経由し、翌朝4時30分に乗鞍スカイライン畳平で御来光を迎える予定になっていました。 しかし23時30分を過ぎた頃には猛烈な豪雨となったため、予定を変更しもと来た道を引き返すことを決断します。 その結果観光バス2台が岐阜県加茂郡白川町を通る国道41号で土砂崩れにに巻き込まれてしまいました。

2台のバスが飛騨川に転落し104名が死亡

「飛騨川バス転落事故」が起こったのは1968年8月8日2時11分頃でした。落石と後方での土砂崩れのため停車を余儀なくされていた、5・6・7号車に土石流が襲い掛かったのです。 土石流は高さ100m・幅30mで、ダンプカー250台分の土砂に匹敵する大規模なものでした。この土砂崩れにより5号車と6号車が飛騨川に転落したのです。 その結果104名の命が失われる事態となりました。

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