羽田沖に墜落した日本航空350便墜落事故とは?機長の操縦が墜落の原因?

経済

2019年10月6日

日本航空350便墜落事故とは1982年に日本航空350便が東京湾羽田沖に墜落した事故です。死者24名・負傷者149名を出す大事故で350便の機長・片桐清二には重大な精神疾患があり事故につながったとされています。ビズキャリでは事故の全貌に迫ります。

1分でわかる日本航空350便墜落事故

日本航空350便墜落で思う精神障害の社会的認知

  • 操縦ミスは何故起きたのか
  • 事故の引き金となった精神障害の誤診
  • 機長の奇行を放置した日航の責任

1985年2月9日、福岡から羽田空港に向かっていた日本航空350便は、着陸許可を受け準備に入りました。 しかし、機体は東京湾に向かって急降下し大破。24人が死亡し、149人が重軽傷を負う大事故となりました。 原因は機長の「統合失調症」による操縦ミスでしたが、日本航空は機長の病気を把握しながらも、乗務を続けさせていました。

日本航空350便墜落事故の概要

1982年2月9日、福岡空港から羽田空港に向かっていた日本航空350便は、羽田空港上空で着陸許可を受け着陸準備に入りました。 ところが、機体は東京湾へ急降下を始めます。海面で大破し、死者24人、149人が重軽傷を負いました。 事故の原因は機長の精神疾患による操縦ミスでした。日本航空は機長の精神疾患をを知りながら乗務させていたとして、その責任を激しく追及されることになります。

1982年に日本航空機が東京湾・羽田沖に墜落した事故

1982年2月9日、福岡空港から羽田空港に向かっていた日本航空機350便は、羽田空港上空着陸許可を受け、高度500メートル、速度240 キロで通常通りの着陸態勢に入りました。 ところが、航空機は滑走路の手前で逆噴射し急降下を始めます。操縦室では「機長、やめて下さい!」と言う叫び声が響きます。 しかし、機長は操縦桿を前に倒したまま離さず、機体は東京湾の羽田沖の海面に突っ込んでいきました。

死者24名・負傷者149名を出す飛行機事故となった

海面に衝突した機体は、機首部分と胴体にあたる部分の2つに分断しましたが、墜落場所が浅瀬であったため水没は免れました。 同機には乗客166人と乗務員が8名搭乗していましたが、この墜落によって24人が死亡、149人が重軽傷を負うという大惨事となりました。 この事故で犠牲になった人の多くが、墜落の衝撃によるものではなく、機体が前のめりに墜落したことにより、座席などに挟まれた水死が多数だったと言われています。 また事故当日はホテルニュージャパン火災の翌日だったことから特殊救難隊や水難救助隊が消防艇を出し救助活動を行いました。

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事故の原因は機長の操縦によるものとされている

日本航空の当時の社長であった高木養根氏は、記者会見で事故の原因は片桐機長の操縦ミスであると正式に発表しました。 それによると、片桐機長が自動操縦から手動操縦に切り替え、全てのエンジン出力を最低まで落としたことや機体の速度を落とす「逆噴射」を使い、上空で急減速させたことが原因であると断言しました。 片桐機長が上空で操縦桿を押し込みながら逆噴射させため、機体は機首から海面に突っ込んだのですが、何故、片桐機長はこんな信じ難い操縦をしてしまったのでしょうか。

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