1分でわかる笹井芳樹

天才・笹井芳樹が見ていた医療の未来

  • 笹井芳樹は再生医療の第一人者
  • STAP細胞の存在は未だに不明
  • 栄光と挫折を味わった天才科学者がこの世を去った

「笹井芳樹」は将来のノーベル賞候補と評された再生医療研究の第一人者でした。しかし、2014年に英科学誌「ネイチャー」に発表された小保方晴子氏の「STAP論文」が彼の人生を狂わせます。 再生医療の研究で数々の成果を残した彼は52歳という若さで自ら命を絶ちました。では、当時を振り返っていきます。

笹井芳樹の経歴

(画像:Unsplash

笹井氏は京都大学医学部を卒業後、2年間研修医として神戸の市民病院で内科医を勤めています。 そこでの経験が、のちに彼を再生医療の基礎研究へと向かわせます。米国で輝かしい成果を上げたあと、京都大学に戻った彼は新設された研究所の教授に抜擢されます。その後も理化学研究所で実績を重ねていた彼に思わぬ落とし穴が待っていました。

京都大学を卒業後医学博士を取得

1980年、笹井氏は京都大学医学部に入学します。京都大学医化学教室の第一講座において実験や研究の基礎を学びました。1986年3月に京都大学医学部を卒業します。 その後は医学に必要な知識を現場で感じたいとの理由から、研修先に神戸市立中央市民病院を選びます。そこで臨床医としての限界を感じた彼は、これからの人生を基礎研究に捧げる決意をします。 1988年京都大学大学院研究科へ入学し、1993年京都大学博士(医学)を取得しました。

異例の若さで京都大学やuclaの教授となった

医学博士を取得した彼は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部客員研究員を経て、1996年京都大学医学部に助教授として戻ります。 1998年には新設された京都大学再生医科学研究所の教授に36歳の若さで就任します。 また、2000年からは理化学研究所発生・再生科学総合研究センターでグループディレクターを兼任、2003年には専任となります。2013年4月から同センターの副センター長を務めていました。