香港デモのきっかけとなった逃亡犯条例

香港では近年、中国政府への反対運動が過激化しています。そのきっかけは、2019年に発議された逃亡犯条例の改正案でした。この改正が通れば、中国政府は香港へ犯罪者の引き渡し要請が可能となり、共産党に不利益を与える人物が不当に逮捕されるのではと批判されました。 逃亡犯条例は最終的に撤回されましたが、この時に行われた大規模デモ活動が、現在も続く香港民主化デモに発展しました。

2003年にはデモがきっかけで国家安全法は頓挫

香港国家安全法が取り沙汰されたのは、今回が初めてではありません。2002年に江沢民国家主席(当時)は香港政府に働きかけ、国家安全法を制定しようとしました。 しかし2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)の対応不備などとあわせて香港市民の不満が爆発し、50万人規模のデモが発生しました。こうした流れで香港国家安全法は1度頓挫しています。

国家安全法が与える影響とは?

香港国家安全法は単に、香港における反政府活動を規制する法案ではありません。香港で認められている自治権が有耶無耶になる可能性があります。また中国の強硬姿勢は、アメリカをはじめとする民主主義国家との軋轢にも繋がるでしょう。

一国二制度の崩壊に繋がる可能性

香港はかつてイギリスの植民地でしたが、1997年に中国へ返還されました。その際に特別行政区に指定され、香港は独自の自治権を持つ一国二制度(2つの制度を両立する特例。この場合は共産主義制度と資本主義制度)が導入されました。 しかし国家安全法の制定によって香港の自治権が骨抜きとなれば、やがて一国二制度の崩壊にも繋がるでしょう。共産党は中国統一を目指しているので可能性は高いです。