ホテルニュージャパン火災は死者33名を出した火災!横井英樹やホテルの不手際など解説!

経済

2019年10月11日

ホテルのずさんな対応や社長の無責任な言動が話題になった火災に「ホテルニュージャパン火災」があります。ホテルの対応次第ではこれほどまでの被害を出すことがなかった火災でした。今回ビズキャリオンラインではこの「ホテルニュージャパン火災」についてその原因やホテルの行く末にも迫ります。

1分でわかるホテルニュージャパン火災

ホテルニュージャパン火災

  • スプリンクラー設備を設置していなかった
  • 社長・横井英樹の言葉で社会に衝撃を与えた
  • 従業員の対応はどうだったのか

多くの死者を出したのが「ホテルニュージャパン火災」です。国会議事堂・赤坂の繁華街、六本木、表参道に繋がる赤坂通りなどに近い永田町に建っていた高級ホテルの9階と10階が火災現場です。 火災を大きくしてしまった原因がホテルのずさんな管理体制であったことから社会に衝撃を与えた火災でした。

ホテルニュージャパンとは

ホテルニュージャパンは高級ホテルでありながらスプリンクラーが未設置でした。また火災報知機・煙感知器、館内放送設備などが機能しませんでした。 火災の延焼を拡大させた原因、火災時に従業員がとった行動、社長が指示したことなどホテルニュージャパンの概要に迫ります。

元々高級マンションとして建設

地上10階・地下2階のホテルニュージャパンは1960年に開業しました。4年後の1964年に行われる東京五輪での宿泊者の需要拡大を見込んで建築されました。 ホテルニュージャパンが建っている近くには国会議事堂をはじめ、銀座・六本木・青山・表参道など政治家や芸能人などが訪れる高級な場所でした。 元々は富裕層が入居する高級マンションとして建設が進められていましたが、宿泊施設の需要拡大によりホテルに変更されました。

日本の経済成長に合わせホテルに転用

1955年から始まった日本の経済成長により国際的に使える会議室、広々としたロビー、レストラン、クラブや多くの人が楽しめる大きなホールなどを備えたホテルの必要性が増してきていました。 当時はそのような規模のホテルは東京の帝国ホテルと横浜のホテルニューグランドしかありませんでした。 そのような中、東京の一等地に高級マンションを建設する予定だったがホテルの建設へと変更されたのです。

レストランなど様々な施設を兼ね備えていた

ホテルニュージャパンは宿泊施設以外にレストラン・料亭・オープンカフェ、ショッピングアーケード、ナイトクラブなどの施設を備えていました。 宿泊施設と高級な日本の料理が楽しめる料亭を備えていることからホテルニュージャパンのことを「リョーテル」と呼ぶ人もいました。 また、西洋の文化を取り入れたデザインのレストランなど日本風と西洋風を融合したようなホテルの造りでした。外観も今までにないY字型でした。

1/6

続きを読む

関連記事