鈴木宗男側は無罪、国策操作だと主張

鈴木宗男は一連の事件に対し全て無罪であり「国策操作」だと主張しました。「国策操作」とは検察が政治的な理由などによって予め追訴を想定した捜査のことを指します。 鈴木宗男は「やりまん事件」「島田建設事件」について、特捜が関係者に渡した「台本」の存在があったことを明らかにしました。しかし再審請求も認められず有罪が確定しています。

鈴木宗男の生い立ち

鈴木宗男は汚職事件で逮捕起訴されたものの、北海道では絶大な人気を誇っています。歌手の松山千春も鈴木宗男を支持しており共に政党を立ち上げたほどです。そんな鈴木宗男の生い立ちとはどんなものだったのでしょうか。

前職は秘書

鈴木宗男は2世議員などではありません。長く北海道では絶大な力を誇った元衆議院議員中川一郎の秘書として名を馳せました。中川一郎死後(1983年)、その地盤を引き継ぐ形で議員生活が始まります。 立候補に際しては中川一郎の息子中川昭一との確執が表面化しました。この争いは長く続きますが、中川昭一が死去(2009)した際には涙を見せるなど、良いライバル関係であったことを伺わせます。

ロシアと関係が深いことで知られる

鈴木宗男は「ムネオハウス事件」などロシアとの関係が深いことでも知られています。北海道にとって北方領土返還は積年の願いだといえるでしょう。鈴木宗男はロシアの有力者とのパイプを数多く構築してきました。 その結果、歴史的解釈を含め歯舞諸島、色丹島の返還は可能との見解を示しています。一連の事件はロシアとの結びつきを警戒するアメリカの陰謀との見方も少なくありません。