西沢裕司は精神病にかかっていた可能性が高い

うつ病を発症していた西沢裕司ですが実家に戻ってからもうつ病の治療を続けたものの、一向に改善される気配がなく自室に引きこもるようになりました。 家族は1998年春頃から複数の精神科クリニックを受診するように勧め、統合失調症や心因反応といった診断を受けます。大量の薬が処方されるようになったことで、それを飲んで自殺未遂をくり返しました。家族が警察に相談した結果、約2カ月にも及ぶ措置入院を余儀なくされています。 西沢裕司は精神病にかかっていた可能性は極めて高いと言えたでしょう。

全日空61便ハイジャック事件の概要

(画像:Unsplash

「全日空61便ハイジャック事件」は「ハイジャック発生」と地上管制に緊急通報があってから、犯人が取り押さえられるまでそれほど時間がかかってないことでも有名です。

西沢裕司がCAを脅しコックピットに侵入

「全日空61便ハイジャック事件」が起こったのは、全日空61便が離陸した直後1999年7月23日の11時23分のことでした。西沢が大声を上げながら席を立ち、客室乗務員に包丁を突きつけコクピットに連れていくように指示したことが始まりです。 同日11時25分には、機長が地上管制に対し「ハイジャック発生」の一報を入れています。その後、客室乗務員に包丁を突き付けたまま西沢はコクピットに入り込みました。

横須賀・伊豆大島・横田基地への飛行を要求

コクピットに侵入した西沢はまず、「横須賀へ飛べ」と指示します。その際「高度3000フィートに降下しろ」とも伝えています。全日空61便はそのまま横須賀方面に向かいますが、西沢は再び「伊豆大島方面に飛べ」と指示しました。 同日11時38分に西沢は副操縦士をコクピットの外に追い出します。そして伊豆大島付近に近づいたところで「横田基地へ行け」と、再び目的地を変更しました。 ハイジャックされた全日空61便は軽飛行機やヘリコプターが飛行している低空での飛行を続けていました。 結果的に神奈川県上空を旋回していたことになります。