犯人・西沢裕司

「全日空61便ハイジャック事件」の犯人は、西沢裕司です。東京都出身の西沢は武蔵中学・高等学校に進学した後、一浪して一橋大学商学部に入学・卒業しました。 遊びより勉強を好む西沢は、子どものころから成績優秀で周囲の大人からは「いい子」と評されていました。友人らしい友人はおらず、社会性に乏しい電車や飛行機が好きな少年だったそうです。 大学に進学するころには航空機マニアとなっており、全国の様々な航路や機種に乗るようになり70回以上搭乗していました。

西沢裕司は一橋大学を卒業したエリート

小学生のときからがり勉タイプだったという西沢裕司は、私立の名門校である武蔵中学・高校に進学しました。そして一浪した後、一橋大学商学部に入学し鉄道研究会に所属します。しかし学園祭で提案した企画が流れたことで興味を失い、航空機へと興味を移したといいます。 そして30種類にも及ぶ羽田空港における飛行機の着陸パターンを覚えるなど、航空機にのめり込んでいきました。それでも大学は4年で卒業しています。

西沢裕司は飛行機マニアだったが航空会社に就職できなかった

学生時代に70回以上も飛行機に乗るほど航空機にのめり込んだ西沢は、パイロットになることが第一志望でした。たくさんの航空関連書籍を読んで猛勉強したものの、3社受けた航空会社すべてで不採用だったのです。 しかし大手鉄道会社から内定が出ていたため、1994年4月に総合職として入社しました。その後自宅を離れて寮生活を始めたものの、もともとコミュニケーション力が低く希望の航空会社に入れなかったコンプレックスも相まって人間関係に苦しみます。結果として1996年秋に寮を飛び出して失踪し、そのまま退職しました。

航空会社に認めて欲しく、セキュリティの脆弱性を指摘する手紙を送っていた

寮を飛び出してから半年ほど放浪を続けていた西沢裕司は、所持金が底をついたことから実家に戻ります。うつ病は退職した後も回復せず、就職活動もうまくいかない日々が続きました。そんな西沢にとっての唯一の楽しみが、フライトシミュレーションゲームでした。 そんなある日、西沢はインターネットで羽田空港の配置図を見ていて空港セキュリティの欠点に気づきます。セキュリティの脆弱性について指摘した手紙を航空会社はもちろん、運輸省や東京空港署にも送りました。しかしその提言がまともに扱われることはありませんでした。