全日空61便ハイジャック事件とは

1999年7月に日本で初めて、人質が亡くなった「全日空61便ハイジャック事件」があったことを知っていますか。事件当時は、航空機マニアの男性がハイジャックを行ったことでも注目を集めました。 ここでは「全日空61便ハイジャック事件」がどんな事件だったのかについて、説明します。

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全日空で起きたハイジャック事件

「全日空61便ハイジャック事件」は1999年7月23日、羽田空港から新千歳空港に向かう全日空61便内で起こりました。 乗客503名に乗員14名が加わった全日空61便が離陸して間もなく、搭乗客である若い男性1名が客室乗務員に包丁を突き付けたことから始まります。脅された客室乗務員は男が言うままにコクピットへ連れていき、全日空61便はハイジャックされました。

機長が殺害される

機長が地上管制官に「ハイジャック発生」の緊急通報をした後、犯人は横須賀に向かうよう指示します。それからほどなくして犯人は、副操縦士にコックピットから出るよう命じました。 全日空61便が相模湾上空に入ったあたりで、犯人は「横田基地に向かえ」と指示します。さらに機長に対、自分に航空機を操縦させるように迫りました。しかし機長は要求をのまず、犯人を説得しようと試みます。 そして努力もむなしく、機長は犯人に包丁で刺され亡くなってしまいました。

全日空61便ハイジャック事件の犯人と犯行の動機

「全日空61便ハイジャック事件」の犯人は、当時28歳の男性でした。逮捕後の取り調べにより、犯人の人物像や犯行動機が明らかになるにつれ様々な問題が浮き彫りとなりました。 ここでは犯人の人物像と、なぜ「全日空61便ハイジャック事件」を起こしたのかという犯行動機について詳述します。