よど号ハイジャック事件をわかりやすく解説!赤軍派や人質の解放の真相とは?

経済

2019年10月6日

「よど号ハイジャック事件」は日本で初めての航空機のハイジャック事件でした。幸い乗客等に被害者は出ませんでしたが、日本赤軍が話題になった事件でもありました。今回ビズキャリオンラインではこの「よど号ハイジャック事件」をとりあげます。ハイジャック犯との微妙な駆け引きなどにも迫ります。

1分でわかるよど号ハイジャック事件

「よど号ハイジャック事件」とは

  • 日本で最初に起きた航空機ハイジャック事件
  • 日本赤軍による犯行
  • 犯人は北朝鮮に亡命

1970年に起こった「よど号ハイジャック事件」は、日本で最初の飛行機ハイジャック事件です。 よど号は9名の赤軍派によって一時的にハイジャックされました。そして乗員乗客全員が人質に取られ本来の行き先とは違う航路を飛ぶことになったのです。 よど号は板付空港(現在の福岡空港)、韓国の金浦空港を経由し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)へ向かいました。犯人達の目的は北朝鮮に渡り、そこに赤軍派の軍事基地を設立することでした。

よど号ハイジャック事件の概要

「よど号ハイジャック事件」は日本初のハイジャック事件であり、後のハイジャック防止法制定のきっかけとなった事件です。犯人グループの目的が北朝鮮への亡命だったということもあり、死者を出すことなく解決に至りました。 その背景にはハイジャック機の機長や日本、韓国、北朝鮮の大きな助力があった結果です。時の首相も彼らには多大なる感謝の意を残しています。

1970年に起きた日本航空便ハイジャック事件

ハイジャックされたよど号は、乗務員7名乗客122名の大きな飛行機です。早朝7時33分に出発したその飛行機は離陸後に赤軍派によって占拠されることになりました。 犯人グループは日本刀・拳銃・爆弾などを機内に持ち込み、その圧倒的な破壊力をもって乗客、乗務員を脅し飛行機を支配下に置きました。 犯人グループは北朝鮮へ行くことを要求しました。飛行機側は犯人と交渉を行い、板付空港(現在の福岡空港)と韓国のソウルに立ち寄り、そこで人質を解放することに成功しました。

犯人グループは赤軍派

「よど号ハイジャック事件」の犯人は赤軍派といわれています。赤軍派は1960年に結成された共産主義同盟系の日本の左翼党派です。 赤軍派は武装蜂起を主張し、よど号事件の他にも様々な暴力的事件を起こしています。その根底には彼らの目指す「革命」には軍事が必要不可欠であるという考えがありました。 彼らの主張は主に労働階級による共産主義革命、そして資本主義の廃止を求めるものでした。「よど号ハイジャック事件」もその思想から起こされたものです。

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北朝鮮へ亡命した

板付空港、韓国の金浦空港を経由した飛行機は北朝鮮へと向かいました。飛行機が空港へ降り立った時には北朝鮮側はすでにハイジャック犯に対応する準備を整えていました。 北朝鮮側は犯人グループに武装解除を要求しました。犯人側はこれを承諾し、武器を置いて飛行機の外に出ることになりました。 その後北朝鮮は犯人グループの希望通り彼らの亡命を認めました。

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