ジャニーズ事務所を設立

1960年代には少年野球チームのコーチまで兼任していたのですが、このチームの名前が「ジャニーズ少年野球団」です。そう、これがジャニーズ事務所の前身となったのです。 その後、ミュージカル映画を観てエンターテインメントの可能性を見出したジャニーは、自身初めてのアイドルグループ「ジャニーズ」を結成します。メンバーは野球チームに所属していた少年4人です。 そして当時新宿でバーを経営していた姉のメリーを経理に迎え、1962年にジャニーズ事務所を立ち上げます。

数々の人気アイドルを排出

芸能プロダクションとして本格始動を始めたジャニー喜多川は、死去するまで数々の男性アイドルをプロデュースします。 有名なところでは男性アイドルの先駆けとなった郷ひろみ、ローラースケートを取り入れた光GENJI、マルチで活躍するSMAPといったところでしょう。 その手腕はギネス世界記録にも認定されるほどで、その記録は現在でも破られていません。恐らくこれからもジャニー喜多川を超えるプロデューサーは生まれないと言われています。

くも膜下出血で死亡

2019年7月、ジャニー喜多川は87歳でこの世を去りました。死因は脳動脈瘤が原因で引き起こされたくも膜下出血でした。 ジャニーズ事務所から公式発表がされるまでの間、死亡説が取り沙汰されるなど情報の混乱が起きています。実際に亡くなったのは報道があったよりも後のようです。 彼が最後にプロデュースした「King&Prince」がブレイクしたこともあり、死の直前まで芸能界へ従事していたことが分かります。

ジャニー喜多川の死亡とお別れ会

(画像:Unsplash

ジャニー喜多川の葬儀は渋谷で行われ、彼を慕うジャニーズ事務所所属のタレントたちが参列する「家族葬」となりました。 公開された写真ではジャニーズ全員が集合したかに見えますが、実は参加していないタレントも何人かいたのです。 葬儀とは別に東京ドームを貸し切って行われた「お別れ会」では、芸能関係者を含む約9万人が参加しています。ジャニー喜多川が芸能界全体にどれだけ影響を与えていたか、一般の方でも再確認できることとなりました。