近藤真彦と松田聖子の密会

1989年2月暴露雑誌フライデーに近藤真彦と松田聖子の二人がニューヨークで密会しているとの情報が二人の写真とともに掲載されました。 当時松田聖子は神田正輝と結婚して娘を出産後渡米し、アメリカでの音楽活動に意欲を燃やしているところでした。 写真ではニューヨークのラウンジで二人が寄り添っているもので、「ニューヨーク密会」と報じられましたが、記事をよく読むと二人はたまたまニューヨークで会っただけで、決してスキャンダラスな内容ではありませんでしたが、真相は闇の中です。

中森明菜が近藤真彦の家で自殺を図った

中森明菜はスポットライトを浴びる華やかな姿とは全く異なる私生活を送っていたようです。事務所との関係でもトラブルが絶えず、家族ともお互いに信頼関係を失っていたとされています。 そのような中森明菜にトドメを刺したのがフライデーによる近藤真彦と松田聖子の密会報道だったとされています。当時中森明菜が唯一心を許し頼りにしていたのが近藤真彦で、その彼に裏切られた思いだったとされています。 彼女は1989年7月近藤真彦の部屋の浴室で自殺を図りました。重傷でしたが運び込まれた病院で6時間もの大手術の後、かろうじて一命をとりとめました。

近藤真彦と中森明菜の仲を引き裂く計画

金屏風が置かれた中森明菜の記者会見はジャニーズ事務所による陰謀だったとする説があります。 当時男性アイドルにとって女性関係はタブーでした。人気絶頂で事務所の稼ぎ頭であった近藤真彦の人気が低下することはジャニーズ事務所として何としても避けたかったと考えても不自然ではありません。 まもなく結婚かとうわされる近藤真彦と中森明菜の関係は事務所にとって好ましくなく、金屏風の会見は二人の仲を引き裂くための策略ではなかったかと噂されています。