松橋事件は冤罪事件だった!事件の概要や問題点など徹底解説!

経済

2019年9月27日

「松橋事件」は幾つかある冤罪事件の一つで、捜査当局や司法の対応に問題点があったとされる事件です。今回ビジキャリではこの「松橋事件」をとりあげます。事件の経緯や裁判の流れを通じて、この事件における警察の捜査や司法の問題点をあぶり出していきます。

1分でわかる松橋事件

「松橋事件」とは2019年3月28日に再審判決公判が行われ、冤罪であることが明らかになった事件です。警察や検察の捜査方法や裁判所の審理について、是非が問われた事件でもありました。 今回はこの「松橋事件」について解説します。

1分でわかる「松橋事件」

  • 1985年1月20日に宮田浩喜さんを誤認逮捕
  • 1993年再審弁護団による証拠開示請求と閲覧により冤罪の可能性が高まる
  • 2012年認知症を患った宮田浩喜さんの成年後見人が再審請求し無罪判決を勝ち取る

松橋事件の概要

松橋事件は、1985年1月8日に起こった殺人事件です。遺体が発見されてから12日後の同月20日、将棋仲間だった宮田浩喜さんが逮捕されました。 宮田さんは同月5日に被害者と激しい口論していたことで捜査線上にあがり、事情聴取中に罪を認めたとされていました。しかし、これが冤罪事件の始まりだったのです。

1985年に起きた殺人事件

熊本県下益城郡松橋町(現宇城市)で1985年に、町営住宅に住む59歳の男性が殺害されました。その方法は、顔や首を刃物で刺すという陰惨(いんさん)なものでした。 事件の3日前に口論していた将棋仲間である宮田浩喜さんは、熊本県警による事情聴取を連日受けます。そして同年1月20日に殺害を自供し即日逮捕され、同年2月14日に殺人罪で起訴されました。 しかし逮捕の時点で証拠とされたのは宮田さんの自白だけで、物的証拠や目撃証言は一切なかったのです。

冤罪事件として未だ未解決

松橋事件の初公判は、1985年4月8日に行われました。そして同年8月13日に行われた第5回公判で全面否認に転じますが、翌1986年12月22日に懲役13年の有罪判決が下されます。 宮田浩喜さんは控訴しますが、福岡高裁は1988年6月21日に控訴棄却とします。その後上告もしましたが、やはり1990年2月14日に棄却され刑が確定します。 宮田さんは服役し、1999年7月22日には刑期が満了してしまいます。しかし冤罪であることが証明されたのは2019年であり、すでに公訴時効を迎えていました。つまり、未だ未解決の事件といえます。

松橋事件の経緯

松橋事件は冤罪であることが証明されるまで、34年もの時間を要しました。その背景には、警察や検察の捜査方法と裁判所の審理が適正に行われていなかった事実があるようです。 ここでは松葉事件の発生から冤罪であることが証明されるまでの経緯について、詳しく解説します。

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