後日、女子高生が遺体となって発見される

犯人が逃走した後、狭山署は公開捜査に踏み切ります。そして5月3日の午前3時からは、警察犬2頭による追跡も行われました。 しかし翌日である5月4日、善江田さんは狭山市内で遺体となって発見されます。農道に埋められていた遺体を掘り起こすと手足は紐や縄で縛られており、膝まで下着が下ろされていました。 司法解剖の結果、死因は首を絞められたことによる絞殺でした。そして善枝さんが強姦の末に殺されたことも、明らかになりました。

狭山事件の犯人逮捕と捜査

(画像:Unsplash

身代金の受け渡し場所に捜査員40名を配置し、二女と犯人が会話している様子を見守っていたにも関わらず犯人確保には至りませんでした。そのため狭山署は特別捜査本部に165名を投入し、捜査にあたったものの難航します。 そしてマスコミ・警察・地域住民は、事件現場近くにあった被差別部落に目を向けます。ここでは、被差別部落出身者を逮捕するまでの経緯を詳述します。

警察は犯人を逃したことで世間からバッシングを浴びていた

狭山事件の2カ月前「吉展ちゃん誘拐事件」が起こっていました。その事件でも犯人を取り逃がしていた警察は、世間から激しいバッシングを受けます。遺体発見から4日後に当時の警察庁長官が引責辞任するほど、激しいものでした。 5月11日に遺体が発見された場所から約130mの場所で、スコップが発見されました。そのスコップは、被差別部落にある石田養豚場の所有物でした。そのため捜査員は、養豚場のスタッフ27名の調書をとります。時を同じくして、被差別部落の住民120名の筆跡もとっています。

石川雄一が犯人として疑われる

司法解剖により犯人の体液が採取されており、血液型がB型であることがわかっていました。捜査対象を養豚場関係者に絞り込んだ警察は、捜査線上に浮かんだ人物の中から血液型がB型である者を調べました。その中に被差別部落出身の石川一雄容疑者がいたのです。 石川容疑者には、過去に石田養豚場に勤務した経験がありました。そして被害者である善枝さんとは、養豚場勤務時代から顔見知りでした。捜査員は石川容疑者を、犯人として疑い始めました。