仕事内容に見合わない対価

相模原障害者殺傷事件の犯行動機が明らかになった際、植松聖被告の「障害者無用論」の背景にある社会問題について声をあげる人もいました。 津久井やまゆり園は知的障害者施設で、夜勤の際は1人で入所20人を担当していたといわれています。中には重複障害者も含まれており、収容人数も160人を超えていました。 そのため職員は十分に休みをとることもできずに疲弊し、宿直をしても月給は20万円前後という現実があります。仕事内容に見合わない対価について考えた時、植松聖被告の中に不満が生じた可能性があります。 植松聖被告が犯行現場としてかつての職場である津久井やまゆり園を選んだのはこのような背景があるのかもしれません。

「ヒトラーの思想が降りてきた」

植松聖被告は2016年2月19日に北里大学東病院に緊急措置入院させられます。そして措置入院中に、「ヒトラーの思想が降りてきた。」と発言しています。 ここではヒトラーの思想と植松聖被告は本当にヒトラー思想に影響されていたのでしょうか?

ヒトラーが行った優生思想によるT4作戦

T4作戦とはヒトラーの優生思想による安楽死政策のことで、1939年10月に開始され1941年8月に中止されています。このT4作戦によって、少なくとも7万273人が命を奪われました。 優生思想の根幹である優生学とは1883年にイギリスのゴルトン氏が提唱した、人種の先天的質の改良を目指すための学問です。 ヒトラーは自身が理想とする社会を築くために、人類を品種改良するという考え方のもとに精神障害者などを安楽死させていました。これはドイツで法制化されていたわけではなく、「民族の血を純粋に保つ」というナチズム思想に基づいて行われたことでした。

植松聖被告は本当にヒトラーに影響されたのか?

植松聖被告は2016年2月17日に津久井やまゆり園で一緒に勤務していた同僚に対し、「重度の障害者は安楽死させるべき」という趣旨の発言をしていました。上司を含めた施設側との話し合いの中では、「ナチス・ドイツの考えと同じだ。」と批判されています。 相模原障害者殺傷事件で逮捕・勾留された植松聖被告は後に取材の中で、措置入院中の 「ヒトラーの思想が降りてきた。」という発言の意味を問われています。 その際その発言には「それほど深い意味はない。」と答えていますが、植松聖被告は取材当時に「アンネの日記」を読んでおり「障害者を殺害したことは良いがユダヤ人虐殺は間違っていた。」と発言していました。