老夫婦の遺言

夫婦が現地まで乗ってきたと思われる乗用車の車内からは、ガソリンスタンドのレシートの裏に書いてあった遺言とみられるメモ書きが複数枚発見されました。遺言の内容を以下に引用します。 また遺体発見の翌日には、夫・沢田定栄さんが書いた遺言状と見られる手紙が大野市役所に届きました。この手紙の内容は自身が所有していた住居・土地・農地などの不動産が箇条書きされ、「すべて市に寄付します。」と記載されていました。 この手紙は記入した日付から見て心中事件の1年以上前に作成されたものであり、その頃から妻とともに焼身自殺を図る計画を立てていたことがわかります。

「午後4時半、車の中に妻を待たせている。」 「午後8時、妻とともに家を出る。」 「車で兄弟宅や思い出の場所を回って焼却炉にたどり着いた。」 「妻は一言も言わず待っている。」 「炭、薪で荼毘(だび)の準備をする」 「午前0時45分をもって点火する。さようなら。」

福井火葬場心中事件から見える老老介護の闇

沢田定栄さん夫婦が心中という道を選択しなければならなかった理由、それは年老いた夫が年老いた妻を介護しなければならない老老介護の苦悩が生んだ闇ともいえる実態でした。夫・沢田定栄さんが抱えていた心労は計り知れません。老老介護の闇とは一体どういった内容だったのでしょうか。

身寄りのない老夫婦は老老介護に陥りやすい

沢田定栄さん夫婦は子供がいませんでした。身寄りのないご夫婦は年老いて身体に自由が利かなくなったとしても、お互いの日常生活を支えあっていかなければなりません。 それは一方が病気やケガで介護を要する状態になったとしても同様です。お互いに年老いた状態でパートナーの介護を担う老老介護は身寄りのない夫婦ほど陥りやすい問題です。 どれだけ絆の強いご夫婦であっても、愛する妻が病によって記憶を失い変わっていったとしても、夫は片時も離れず妻を支えていかなければならない状態でした。

仮に子供がいても親が80代で子も60代というケースも

老老介護は仮に子供がいたとしても心労は変わりません。親が80代ともなれば、その子供は60代になっていると考えられます。 60代といえば会社でいうと現役を引退し定年退職を迎える頃であり、病気などによって何かしら身体にも不調が出やすい時期です。その子供自体にも介護が必要な状態であるかもしれません。 親が幼い子を養う義務と同様に、子は年老いた親の面倒を見る義務があります。よって自分がどれだけ大変な状態であったとしても、子供は親の介護を担わなければなりません。これも老老介護が抱える闇ともいえます。