村井秀夫刺殺事件の概要

「村井秀夫刺殺事件」が起こった当時、オウム真理教の幹部が逮捕され村井自身の関与も疑われていました。そのためマスコミ報道が過熱しており、テレビカメラも数多く集まっていた中で事件が起こります。 その結果として事件の模様が、何度もニュース映像として放映されることになります。

オウム真理教の本部ビル前で村井秀夫は徐裕行により殺害される

事件は、オウム真理教教団東京総本部ビルの前で発生しました。教団幹部が東京総本部に出入りする時には、地下通用口を使うのが常でした。しかしこの日は施錠されており、村井は1階の出入り口を使うことを余儀なくされました。 そして、村井はビルの前で待ち構えていた200人以上の取材陣にあっという間に囲まれました。そうした状況の中で、村井は男性によって続けざまに刺されました。

刃物で刺され殺害された

村井秀夫は地下からの外階段を使い、東京総本部の1F出入り口に向かっていた時に襲われました。犯人である徐裕行により、左腕と右わき腹を続け様に刺されました。 村井はすぐに救急車で病院に搬送されましたが、右わき腹に受けた傷は13cmもの深さでした。それが致命傷となり、事件翌日である1995年4月24日2時33分に出血性ショックによる急性循環不全で死亡しました。

村井秀夫刺殺事件の犯人・徐裕行

「村井秀夫刺殺事件」は多くの報道陣の目の前で起こり、犯人である徐裕行は現行犯逮捕されました。しかし取り調べから裁判、出所後と事件の動機は二転三転しています。