徐裕行による村井秀夫刺殺事件を徹底解説。暴力団・北朝鮮との関連に迫ります。

経済

2019年11月9日

村井秀夫刺殺事件では、地下鉄サリン事件が起きた際の容疑者だった村井秀夫がオウム真理教の本部ビル前で刺殺されました。犯人は借金を抱えていた暴力団員によるもので、暴力団だけでなく北朝鮮との繋がりも考えられていました。今回ビズキャリonlineでは村井秀夫刺殺事件について解説します。

1分でわかる村井秀夫刺殺事件

ニュースの要点

  • 村井英雄は当時、オウム真理教のNo.2だった
  • 村井は200人ほどの報道陣の前で刺され、翌日死亡
  • 山口組系構成員だった徐裕行を現行犯逮捕

「村井英雄刺殺事件」は、1995年4月23日に起こりました。犯行当時の村井英雄は200人以上のマスコミに囲まれており、徐裕行の犯行はテレビで生中継されたことでも有名です。 そして出所した徐はマスコミの取材を受けています。今回は「村井英雄刺殺事件」の概要や、犯人である徐のその後について解説します。

村井秀夫刺殺事件の時代背景

「村井秀夫刺殺事件」について話をするうえで、オウム真理教を避けて通ることはできません。オウム真理教は当時あった新興宗教法人で、1988年より様々な事件を引き起こしていました。 そして村井は当時、オウム真理教のNo.2だったのです。ここでは「村井秀夫刺殺事件」事件が起こった時代背景について詳述します。

地下鉄サリン事件が起きたすぐ後だった

「地下鉄サリン事件」は1995年3月20日に起こった同時多発テロ事件です。通勤ラッシュを迎えていた8時過ぎに、帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)の丸ノ内線・日比谷線・千代田線を走る地下鉄車内で起こりました。 同月22日にはオウム真理教の事件への関与が判明し、同年4月12日以降には林郁夫・新見智光・早川紀代秀といった幹部クラスの信者が逮捕されたのです。 それによりオウム真理教No.2である村井への取材が過熱する中で、「村井秀夫刺殺事件」は起こりました。

村井秀夫に疑いがかかっていた

地下鉄サリン事件の2日後である1995年3月22日、オウム真理教の教団施設25カ所で家宅捜索が行われました。 その際本拠地であった山梨県西八代郡上九一色村(現・南都留郡富士河口湖町)において、サリン製造に使われるイソプロピルアルコールや三塩化リンといった薬品が見つかったのです。 村井秀夫はオウム真理教No.2であると同時に、科学技術省大臣でした。そのためサリン製造に関わったという、疑いがもたれていたのです。

村井秀夫刺殺事件の概要

「村井秀夫刺殺事件」が起こった当時、オウム真理教の幹部が逮捕され村井自身の関与も疑われていました。そのためマスコミ報道が過熱しており、テレビカメラも数多く集まっていた中で事件が起こったのです。 その結果として事件の模様が、何度もニュース映像として放映されることになります。ここでは「村井秀夫刺殺事件」の概要について詳述します。

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