執行猶予付きの有罪判決受けた

神戸地裁は1993年2月10日、加害者の教師に禁固1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。教師の無罪主張に反して、遅刻指導上の事件は業務の範囲内であり、危険性は充分予測可能だったとして、神戸地検の起訴内容をおおむね認める判決でした。 神戸地裁は同時に学校側についても、加害者教師の責任とは別に安全面の対策が必要だったことを指摘しています。 加害者の教師は控訴しなかったために、有罪が確定しました。

神戸高塚高校校門圧死事件のその後

校舎

校舎(画像:ぱくたそ

「神戸高塚高校校門圧死事件」の後、高塚高校は事件を反省して門扉の撤去や被害者遺族との和解を行っています。撤去に対しては事件とは別に裁判も起こされましたが、1999年に終息しました。 事件のその後について、門扉の撤去と和解の行方を詳しくご紹介します。

事件を引き起こした門扉は撤去

学校側は「神戸高塚高校校門圧死事件」の直後から現場となった鉄製スライド式門扉を撤去しようとしましたが、裁判が行われている最中だったことから、保護者の反発や裁判所の意向で一時中止していました。 1993年7月30日、教師の有罪判決が出た後に、学校は使用を禁止していた門扉は撤去して小型のものに置き換えました。この時に事前に説明がなかったことから、地元住民は撤去を不当として工事費の返還を求める訴訟を起こしました。 この訴訟は税金で運営される公立学校だから起きたトラブルです。1999年7月12日、最高裁は撤去を妥当として住民の訴えを退けています。

学校側が被害者家族に6000万円を支払う

兵庫県教育委員会は事件の後、1990年7月に加害者の教師を懲戒免職とし、当時の校長と教頭をそれぞれ戒告、訓告(戒告は訓告3回分の懲戒処分)処分を下しています。 同年11月16日、高塚高校は安全管理に不備があったことを認めました。学校を運営する兵庫県と被害者の女子生徒遺族では示談が成立し、損害賠償として6000万円が支払われました。